髭の中から鼻と眼がのぞいているといった方がよかった。そして太い黒枠《くろわく》の眼鏡をかけていた。
「あっ、飛行機がなにか放りだした。おや信号旗《しんごうき》らしい。はて、これは変てこだわい」
 老紳士は、あたり憚らぬ大声でわめいた。
 なるほど汽船の上空五百メートルぐらいの高度に、四枚の信号旗を下にひいた風船が、ゆらりゆらりと流れてゆく。なんの信号旗か。誰にむけ、何をしらせようとする信号旗なのであろうか。汽船ウラル丸のうえに落ちた不安な影!


   老紳士のしんぱい


 飛行機は、船のはるかうしろを、ぐるぐるまわっている。なにかを待っているらしい。四枚の信号旗だけが、あとにのこって、ゆっくりと下へおちてくる。
「おじさん。あの信号旗は、どういうことをしらせているの」
 正太は、顔中ひげだらけの老紳士にたずねた。
「おお、なにかわけのわからぬ信号旗じゃよ」と老紳士は、いった。
「えっ、それはどういうこと」
「わけのわからぬ信号だよ。つまり暗号信号なんじゃ。あたりまえの信号でないのじゃ」
「暗号なの。暗号で、どういうことをしらせているの」
「わからん子供じゃなあ。暗号だからなにをしら
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