よし、それならいい。さあ、この足あとについて、どんどん追いかけていこうよ」
「ああ、それもわるくないだろう。が、どうも今日はだいぶん疲れたね。第一腹が減って、目がまわりそうだ」
「あれっ、強いといばった人が、もはやそんなに弱音をふくんじゃ、やっぱり弱虫の方だね。いいよ、大辻さんはここにおいでよ。僕一人でたくさんだ。一人で行くからいいよ」
 正太は、ひとりでどんどん走りだした。
 これを見た大辻は、大あわてで、そのあとから不恰好《ぶかっこう》な巨体をゆるがせて、正太についてくる。正太は一生けんめいだ。ものもいわないで、ひたすら人造人間エフ氏とマリ子の足跡とをつたって、いよいよ山ふかく入ってゆく。
 いつしか太陽の光は木々の梢《こずえ》によってさえぎられ、夕方のようにうすぐらくなってきた。山の冷気がひんやりとはだえに迫る。名もしれない怪鳥《かいちょう》のこえ!


   巌《いわお》にちる血痕《けっこん》


「そんなにのぼっていって、それでいいのかね。横合《よこあい》から人造人間がわーっと飛びだしたらどうするのかね」
 大辻は、あいかわらず、びくびくもので正太の後からのぼってゆく。正太は一生けんめいだ。
「あっ、釦《ボタン》がおちている。うむ、これはマリ子の服についていたのが、ちぎれて落ちたんだ。ちくちょう、エフ氏はマリ子をいじめているんだな」
 そう叫んで、正太はまた足をはやめて山道をのぼりだす。
「おい、待ってくれ。わしをひとりおいていっちゃいけないじゃないか。おいおい、わしゃ、こんなさびしい山の中はきらいじゃよ」
 正太は、それに耳をかさず、どんどんと山をのぼっていく。妹をすくいだしたい一心だ。
 大辻もたのみにならなければ、大木老人などを追いかけている帆村探偵も、さらに役に立たない。そのうちに、見上げるような大きな巌《いわお》が正太の行手をふさいだ。
「あっ、大きな巌だなあ」人造人間エフ氏の足あとは、その巌の前で消えてしまっている。側の道は右へ曲っているが、ここには人造人間の足あとはなかった。
「へんだなあ」見上げると、人間の背丈の四五倍もあるような大岩石《だいがんせき》だった。人造人間はこの巌のなかに入ったらしく思えるが、こんなかたい岩のなかにどうして入れようぞ。
「どうもふしぎだ」正太は、巌のまわりを見まわした。そこには雑草がしげっている。まさかと思ったが
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