るのじゃ」
大木老人は、正太とマリ子の手をとって、他の船客をらんぼうにおしのけながら、出口をとおりすぎようとする。大木老人はそれでもいいが、彼に手をとられた二人の兄妹《きょうだい》こそ大めいわくだ。マリ子などは、さっきからいくたびか足を踏まれたり、そして顔を大人の洋服ですりむいたり、全くひどい目にあっている。
「もしもし、あなたがたは、切符をどうしました。切符をおいていってください」
出口にがんばっていた船員が、大木老人たちをよびとめた。
「なんじゃ、切符かね」
大木老人は、もどってきて、ポケットからしわだらけの切符をとりだした。
「さあ、おまえたちも切符を出して、このおじさんにくれてやるんじゃ」
大木老人は、兄妹の方をふりかえっていった。正太とマリ子は、それぞれ切符をとりだして、船員にわたした。
「兄さん、はやく出ましょうよ」
マリ子は正太の腕をひっぱった。そのときマリ子は、兄の腕がたいへん固いので、びっくりした。それをたずねようとおもっているとき、また大木老人がうしろをふりかえって、
「さあさあ、なにをぐずぐずしているのじゃ。早くこっちへおりてこんか」
と、ひげをうごかしながらどなった。
マリ子は、それに気をとられてそのまま汽船をおり、桟橋に立った。
「こっちじゃ。この自動車にお前さんがたもおのり。わしが途中まで送っていってやるよ」
大木老人は、なにもかも胸のなかにのみこんでいる気になって、車の中から兄妹をいそがせた。正太がさきに自動車のなかに入った。
マリ子もつづいて入った。扉《ドア》はしまる。自動車は、警笛をならしながら、すぐさまたいへんなスピードを出して、桟橋からはしりさった。
あまりスピードを出したものだから、桟橋ではたらいていた仲仕が、びっくりして身体をかわした。そしていうことに、
「ああ、らんぼうな奴だ。おれが今、あのままじっとしていたら、あの自動車はおれの身体を半分|轢《ひ》いていったろう。なんだって、あのようなスピードを出すのじゃろう」
そういって、彼はとおざかりゆく自動車の番号を、にらみつけた。
にせ切符
それから三十分ばかりたってのことであった。ウラル丸の船客は、もうほとんどみんな出てしまった。出口に立って、船客から切符をうけとっていた切符|掛《がかり》の船員は、すこしつかれをもよおし、あたりはばからぬ大
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