を消せないとな」
「おい、こっちだこっちだ。こっちからも煙がでてきた。船客の荷物に火がついたぞ」
船火事と、怪しい潜水艦!
二つのものにせめたてられ、ウラル丸の船客も船員も、いきがとまりそうだった。正太とマリ子は、甲板にでて、潜水艦をにらんで立っていた。
「兄ちゃん。あの潜水艦は、なにをするつもりなのかしら」
「さあ、なにをするつもりかなあ――」
正太ははっきりわからないような返事をしたが、その実こころのなかでは、この潜水艦はたぶん、ソ連の艦《ふね》であり、そして船火事をおこしてウラル丸が沈むのを見まもっているのであろうと考えていた。しかしそれをいうと、妹のマリ子がどんなにしんぱいするかもしれないとおもい、ことばをにごしたわけだった。そのとき、兄妹のうしろを、気が変になったようなこえをだしてとおる者があった。それは例の大木老人だった。
「ああ、わしはたいへんな船にのりこんだものじゃ。わしが一生かかってようやく作りあげた全財産が、焼けて灰になってしまう。たとえ灰にならなくても、その次は、あの怪潜水艦のために、水底へしずめられてしまうのじゃ。ああ、わしはもう気が変になりそうじゃ」
大木老人はあたまの髪を両手でかきむしりながら、走ってゆく。
「兄ちゃん。あのお爺さんは、あんなことをいっているわよ。あの潜水艦は、ウラル丸をしずめようとおもっているのね」
マリ子は、とうとう第二のおそろしいことに気づいてしまった。
「なあに、大丈夫だよ」
「いいえ、大丈夫ではないわ」
「ねえ兄ちゃん、あたしたちは火事で焼け死ぬか、潜水艦のために殺されるか、どっちかなんだわ。そうなれば、もう覚悟をきめて、日本人らしく死にましょうよ。そうでないともの笑いになってよ」
正太の決心
(そうだ。僕はぼんやりしていられない!)
正太は、はっと吾にかえった。今の今まで彼は気のよい少年としてひっこんでいたが、彼は今こそふるいたつべき時であるとおもった。自分のいのちはどうでもよいが、マリ子だけはどうにかして無事にこのさいなんから切りぬけさせ、日本に待っていらっしゃるお母さまの手にとどけなければならない。そうだ、それだ。マリ子を救わなければならない。
(自分のいのちを的にして、一つおもいきりこの危難とたたかってみよう)
正太は、いまやよわよわしい気持をふりすてて、いさましい日本少年とし
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