て、その前へいった。張は、正太がマリ子をつれてはいってきたのをみると、さもおどろいた顔つきで、船員のうしろにかくれた。
「正太さん。さっき海へなげこんだ煙のボールは、あなたにたのまれて、この中国人コックの張がやったのだといいますが、なにかいいわけすることがありますか」
「えっ、なんですって」と正太も、はじめてきく意外なうたがいにびっくりして「とんでもない話です。僕はそんなことはしません」
「いや、あの子供、わたしにたのみました。わたし、けっしてうそいわない」
張は船員のかげから、正太少年をゆびさして、ゆずろうとはしない。すると、大木老紳士がおこったような顔をして、前へでてきた。
「そうだ。正太君がやらなかったことは、あのときわしも正太君のうしろにいて、みてしっている。正太君につみはない」
「そうですか。これはへんなことになった。張は正太君にたのまれたというし、あなたがたは正太君がやったのではないという。どっちがいったい本当なのだろう」
正太にも、この事件がたいへんふしぎにおもえてきた。
(まてよ。もしかしたら、僕にたいへんよく似た少年がこの船のなかにいるのではないかしら)
そのことを船長にいいだそうかとおもったが、彼はとうとういわないでしまった。なぜなら、そのときとつぜん船内で大さわぎがはじまったからである。
「おう、火事だ、火事だ。第六|船艙《せんそう》から、火が出たぞ。おーい、みな手を貸せ」
怪しい船火事! 船員も船客も、いいあわせたように、さっと顔いろをかえた。
そのとき、老紳士がはきだすようにいった。
「そらみろ。さっきの信号が怪しかった。船火事だけですめばいいが」
そのことばがおわるかおわらないうちに、海面にうきあがった潜水艦隊。あっというまに、ウラル丸をぐるっととりまいてしまった。
燃えるウラル丸
「あっ、潜水艦だ! おや、あれはどこの潜水艦か。日本には、あんなのはない!」
ウラル丸の甲板《かんぱん》上を、目のいろをかえた船客がさわぎたてる。船内では、船火事をはやく消さないと、船が沈むかもしれないというので、消火にかかっている船員たちの顔には、必死のいろがうかんでいる。
「おい、船底《ふなそこ》の荷物の間から、さかんに煙をふきだしているぞ。ポンプがかりに、そういってやれ。もっと力をいれてポンプをおさないと、とてもものすごい火事
前へ
次へ
全58ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング