なスピードで、街道を走って行く無蓋《むがい》自動車があった。
 その自動車のうえから、とつぜん、ぴかぴかと、眩《まぶ》しい光線が、閃《ひらめ》いた。なにかの信号のように。
 すると、どうしたわけか、私たちののっていた人造人間のスピードが、急におちて、おやへんだと思っているうちに、ぴったりと、道路のうえに、停《とま》ってしまった。
「こんなはずはない。私は、国境附近に達するまで、人造人間を、全速力で走りつづけさせることにしてきたのに……」
 と、私は、人造人間が、急に停ってしまったことに、大不審《だいふしん》をもった。
「おい、千吉《せんきち》じゃないか」
 太い声が、私をよんだ。
 私は、前を見た。いつの間にか、例の怪自動車が、私たちの前に停っていた。そして、車上《しゃじょう》からこっちを向いている髯《ひげ》もじゃの顔!
「おお、モール博士じゃありませんか。これはおどろいた」

   ふしぎな再会《さいかい》

 モール博士と、行きあったのだ。ふしぎなところで、一緒になったものだ。
「おどろいたのは、わしの方のことだ。君はいつの間に、あの黒い筒の中に入れておいた設計図を使って、こんな人造人間を作りあげたのかね」
 博士は、車上から、こわい顔をして、私たちを睨《にら》みつけた。
 そういわれると、私は一言もない。私は、もう仕方がないと思ったので、こうなったわけを手短かに、博士に報告した。
 博士は、私の一語一語に、顔を赤くして、ドイツ軍を呪《のろ》っていた。しかし、私に対しては、思いの外《ほか》、不快に思っていないらしい。
「博士。でも、へんですな」
「なにが、へんだ」
「でも、私は、この人造人間が、私たちを国境附近へつくまでは、全速力で走るように、ちゃんと器械を合わして来たのに、ここで停ってしまったのは、どういうわけでしょうか」
「なんだ、そんなことか。それは造作《ぞうさ》ないことさ。ふふふふ」
 博士は、奇妙なこえをあげて、笑った。
「造作ないとは?」
「つまり、わしが停めたのさ。発明者であるわしには、あの設計によるA型人造人間を停めることなんか、わけはないのだ。幸《さいわ》いに、その器械をつんだ自動車が、あそこにああして、こわれずに、ちゃんとしているんだ」
 と、博士は得意そうにいった。
 なるほど、これは道理《どうり》である。この人造人間がA型という名のついているものであることは始めてしったが、そのA型人造人間の発明者であるモール博士が、それを停めたり、また走らせたりする器械をもっているのは、ふしぎなことではない。
「そんなことは、なんでもないが、ベン隧道《トンネル》の下の、ドイツ軍の秘密の地下工場で、早速《さっそく》このようなりっぱな実物《じつぶつ》をつくりあげてしまったことは、腹も立つが、なんとおどろくべき、製造力だろう」
 と、さすがの博士も、舌をまいた。
「博士はこれから、どうされるのですか」
「わしかね。わしは、やはり国境を越えて、フランスに入るつもりだ。君にあって、たいへんうれしいが、あと、ハンスのことが気がかりだが、仕方があるまい。では、君たち、わしの自動車に、一緒にのったがいい」
 博士は、車上から手招《てまね》きをした。
 ニーナは、さっきから、道傍《みちばた》に身体をなげだして、死んだようになって、疲れを休めていたが、これを聞くと、むくむくと起きあがって、博士の自動車の方へ、よろめき歩いて行った。私も、ニーナにならうより外はない。しかし、この人造人間を、このままにしておくのは、たいへん勿体《もったい》ないことだと思ったので、
「博士、この人造人間は、どうしますか」
 と、たずねた。
 博士は、車上にかがんで、受話器を耳にあてて、何かの音を聞いていたが、このとき髯《ひげ》もじゃの顔をあげ、
「この人造人間は、ここで片づけていく」
「片づけていくとは……」
「なあに、壊《こわ》していくのさ」
「そんなことが出来るのですか」
「出来るとも。わしが設計したんだもの。しかもこのA型人造人間も、ハンスの持っているB型人造人間も、じつはどっちも、不完全なんだから、こわすのは、わけなしだ」
 博士は、妙なことをいいだした。
「不完全ですって。なにが、不完全なんですか」
「そのわけは、ちょっと簡単にいえない。が、要するに、ちょっとやれば、すぐ壊《こわ》れてしまうようなものは、不完全の証拠《しょうこ》だ。わしは……」
 といいかけた博士は、そこで急にことばをきって、熱心に受話器から流れ出す音をきき始めた。
「おお、そうか。いよいよやって来たか」
「やって来た? なにがやって来たのです」
「人造人間部隊の襲来《しゅうらい》だ。おそらく、お前たちが出発してすぐその後から、ドイツ軍がくりだしたものだろう。おお、見える見える。もうあそこまで来た。畜生、わしのものを失敬して、わしを攻めるとは、けしからんドイツ軍だ。だが、今に見ておれ」
 博士は、かずかずの呪《のろ》いのことばを、地平線のあなたに投げつけた。はるかうしろの、もうすっかり明け放れた地平線上には、いつの間に追いついたのか、三四百人の人造人間部隊が、肩を揃え、顔を並べて、大河の流れのように、こっちへ押しよせてくるのであった。
「あっ、撃った」
「えっ」
「人造人間の腕に仕掛けてある機銃《きじゅう》が、一せいにこっちに向いて、撃ちだしたぞ」
 だだだン、だだだン、だだだン。
 ものすごい銃声だ。銃弾は、ひゅーン、ひゅーンと、呻《うな》りごえをあげて、私たちのまわりにとんで来る。私は、博士にうながされて、いそいで自動車上の人となった。
「見ていろ、千吉。今あの人造人間部隊を、一時にぶっつぶしてみるから」
 博士は、しわがれたこえで叫ぶと、車上の器械のスイッチを入れて、釦《ボタン》をぽンぽンと押した。
「あれ、見よ!」
 轟然《ごうぜん》たる音が、人造人間部隊の中から、起った。私は、今までに、こんな痛快な光景をみたことがない。一瞬のうちに、人造人間部隊は、ばらばらになって、空中に飛び散ってしまったのである。その有様《ありさま》は、飛行機の空中分解と、あまりかわらなかったが、しかし、これは、何百というA型人造人間が、一せいに分解して飛び散ったのであるから、その壮観《そうかん》な光景といったら、なんといってあらわしたがいいか、見当がつかないほどだ。
 ドイツ軍が、人造人間で追撃させたことも、博士のために、無駄に終った。

   大悪人《だいあくにん》だ

「さあ、この隙《すき》に、国境まで急行しよう」
 博士は、自動車のハンドルをとった。私たちの乗った車は、空中にまい上ったA型人造人間の破片《はへん》が、まだ地上におちない先に、国境向けて、疾走《しっそう》を始めたのであった。
「向うに見えるあの丘陵《きゅうりょう》を越えれば、国境は目の下に見えるのだ。あと七八十キロ!」
 博士は、元気なこえで言った。
 私たちの自動車が、丁度丘陵の下までやって来たときに、博士はなに思ったか、
「あっ!」
 と叫んで、大急ぎで、ブレーキをかけた。
「どうしたのですか、モール博士」
 と、私は、博士の背中越《せなかご》しにこえをかけた。
「また、人造人間部隊が現われた。あれを見ろ、行手の丘陵の上から、こっちへ向かって下りてくる」
 なるほど、博士の目は早い。教会の垣根のように、整然と並んで、人造人間と思われる部隊が、例のすり足の行進で、ざくざくと、こっちへ向かってくるのであった。
 博士は、車を停めると、双眼鏡《そうがんきょう》をとりだして、新手《あらて》の人造人間部隊をじっと睨《にら》んでいたが、
「おお、うしろに、ハンスがいるではないか。あいつ、ドイツ軍のまわし者だったんだな。ち、畜生!」
 ハンス? 私は、双眼鏡をもっていなかったので、博士のように、ハンスの顔を、はっきり認めることが出来なかったが、しかし丘陵を駈け下ってくる人造人間部隊の一番後方に、一台の快速戦車があって、その掩蓋《えんがい》から、一人の将校が、首から上を出して、人造人間部隊を指揮しているらしいのが見えたが、多分それがハンスなのであろうと思った。
「おお、ハンス奴《め》。ナチスの旗を立てている。なに、モール博士、降服しろと信号を送っているぞ。な、なまいきな奴だ」
 博士は、かんかんになって怒りだした。そして、一層《いっそう》早口《はやくち》になって、ハンスを呪いだした。
「おい、ハンス。お前は、わしの持っていたB型人造人間の設計図をつかって、その人造人間部隊を作りあげたのじゃろう。双眼鏡で見ると、お前はたいへん得意らしい顔つきだが、B型人造人間なんて、A型人造人間同様に、不完全なんだ。見ていろ。わしが、この釦《ボタン》を押せば、その瞬間に、せっかくの人造人間部隊が、ばらばらになって空中に吹きとんでしまうんだ。さあ一つ、その豪華な爆発作業を見せてやるかな」
 と、遠くにいるハンスに向って、モール博士は、さんざんの憎まれ口をきいたうえ、例のスイッチを入れ、そして指先に力を入れて、B型人造人間が爆発分解する釦を、ぽッと押したのであった。
「おやッ!」
 叫んだのは、モール博士だ。予期した爆発が、起らないのであった。人造人間部隊は、あいかわらず整然と隊伍《たいご》をととのえて、丘を下りて、こっちへやってくる。
 モール博士は、狼狽《ろうばい》の色を、かくそうともしなかった。彼は、二度、三度……いや七度八度と、爆破の釦を押した。
 だが、爆発は、いつまでたっても、起らないのであった。
“どうです、モール博士。悪いことは出来ないと、始めて知りましたか”
 と、車上につけてあったラジオの高声器から、とつぜんハンスのこえが、大きく聞えてきた。
“私の操縦《そうじゅう》する人造人間部隊を、いくら博士の器械で爆破しようと思っても、それはだめです。これは、博士の望んでいらるるようなB型人造人間ではないのです”
 うむ――と、博士はハンスの声に対して呻《うな》りごえをあげた。
“あの図面の秘密はもうちゃんとわかってしまいましたよ。千吉のもっていったA型の図面だけでもすぐこれは不完全な人造人間が出来るし。私のもっていったB型の図面だけでも、同様に不完全な人造人間が出来る。――そうでしょう。だから、完全な人造人間をつくるにはA型とB型との両図面をどっちも二つに折って半分ずつつぎあわせたうえで、そのつぎはぎ図面によって作ればいいのです。ねえ、博士、そのとおりでしょう”
“博士。いまこの丘陵を下りつつある人造人間はその完全な人造人間部隊なんですよ。そして間もなく、博士を逮捕してしまうでしょう。もう覚悟をされたい”
 ハンスが号令を下すと、人造人間部隊は、弾丸《だんがん》のように丘をかけ下って、博士を包囲してしまった。博士は、大ぜいの人造人間に、胴あげにされたまま、ハンスの前につれてこられた。
 私は、あまり意外なこの場の出来ごとに、すっかり気をのまれていたが、このときようやくわれにかえって、車をおりるとニーナと共に、ハンスの前へ近づいた。
「これは一体どうしたわけかね、ハンス」
 私は、聞きたくて仕方がないことを、ぶっつけて尋ねた。
「うん、君は、びっくりしたろう。しかし、わけは、簡単なんだ。このモール博士というのは、もと、われわれの祖国ドイツにいた科学者だ。博士は、ナチスのため祖国を追われて、このベルギーへ移ったが、そのとき、モール博士と同僚《どうりょう》だった私の父、すなわちヘルマン博士の秘密研究をうばって、逃げてしまったんだ。しかも私の父は、モール博士のために毒を盛られ、とつぜん心臓麻痺《しんぞうまひ》で倒れてしまったので、博士のやった悪事が、永い間、わからなかったのだ。でも、ドイツ官憲の、懸命な捜索《そうさく》から、モール博士の所在《しょざい》がわかり、私は、身分をかくして博士の門下となり、盗まれた秘密の研究を、とりかえそうと、くるしい努力をしていたのだ。君か私かのどっちかが、どうかなってしまえば、図面が半端《はんぱ》になり折角《せっ
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