また、別なキイが、技師の手によって、叩かれる。
かつッと、金属製の靴が鳴ったかと思うと、すぐさま四列|縦隊《じゅうたい》が出来、ついで、この縦隊はすッすッすッと、小きざみな足取《あしどり》で歩きだした。生きている兵士の二倍ぐらいの速さである。
「全速《ぜんそく》、駈《か》け足《あし》、おい!」
ひゅーンと、妙な機械的な呻《うな》りがしたかと思うと、人造人間縦隊は、私たちの入っている指揮塔のまわりを、まるで、玩具《おもちゃ》の列車のように、隊伍整然《たいごせいぜん》と、そして目がまわるほどの速さでまわりだした。生きている人間が、こんな速さで走ったら、目がまわったうえ、心臓破裂で死んでしまうだろう。
フリッツ大尉は、それに引きつづいて、いろいろな号令をかけた。人造人間は、まるで人間とかわらぬ運動をした。どんな複雑な号令をかけても、配電盤のキイの叩《たた》き方によって、ちゃんと別々にうごくのであった。そして人造人間の兵士の行動は、どこまでも正しくあり、そしてどこまでも勇敢であった。
そうであろう、機械人間であるから、死をおそれる神経がないのであるから。
大尉は、ときどき私の顔色をうかがった。だが私は、そしらぬ顔をして、立っていた。大尉の調練《ちょうれん》は、三十分で終った。
「もういいだろう。モール博士の作った人造人間は、思いの外《ほか》、すぐれた働きをするものだわい」
大尉は、技師たちに、休めを号令した。そして汗をふいた。私も汗をふいた。全《まった》く、博士の研究の偉大なのにはおどろくほかはない。こういう立派な機械の設計図を、まんまとフリッツ大尉の手に渡してしまったことが、たいへん残念であった。私は、深い後悔《こうかい》におちた。
廻《まわ》らぬ歯車《はぐるま》
大尉が、汗をぬぐい終らぬうちに、指揮塔の向こうに見えている箱の横に、ぽっかりと扉が開いて、中から一人の技師が、とびだしてきた。
「フリッツ大尉。これは、どうもへんですぞ」
と、彼は、大きなこえで、どなった。
大尉は、びっくりしたような顔になって、箱の中にひそんでいた技師を、そばによびよせ、
「なにが、へんだ」
と、きいた。
「なにがって、エッキス光線で、今の人造人間の腹の中をみていたのですが、腹の中にあるたくさんの歯車のうちで、ついに一度もまわらなかった歯車が二個ありました。へんじゃありませんか」
技師は、熱心を面《おもて》にあらわしていった。
「まわらない歯車が二個もあったか。どうしたわけだろう」
と、大尉は私の顔を、じろりと睨《にら》んだ。
だが、何を、私が知っているものか。
「あらゆる号令は、かけてみたつもりだが、はて、へんだな」
と、大尉は、なおも解《げ》せぬ面持《おももち》で、広い額を、とんとんと拳《こぶし》で叩いた。
「なぜだろうな、セン。説明したまえ」
「私が、なにを知っているものですか。あの筒の中に、こんなすばらしい設計図が入っていると知ったら、私は、あんなところにぐずぐずしていませんよ」
「ふしぎだ。が、まあ今日のところは、これでいいだろう」
と、フリッツ大尉は、試験の終了《しゅうりょう》を宣《せん》したのであった。
私たちは、檻を開いて、外に出たが、そのとき大尉は、私に向い、
「どうだね、セン。君は、捕虜《ほりょ》として土木工事場《どぼくこうじば》で、まっ黒になって働きたいか、それとも、この工場で、見習技師《みならいぎし》として、楽に暮したいか」
と、たずねた。
「もちろん、楽な方がいいですなあ」
と、私は即座《そくざ》に答えた。単に、楽を求めたわけではない。私は、見習技師としてでも何としてでも、この工場にとどまりたかったのであった。それには、一つの望みがあった。それは、なんとかして、人造人間の設計図を、うばいかえしたいということだった。
その日から、私は、この地下工場で、働くことになった。フリッツ大尉が、試験の結果、これならば大丈夫、戦場に出して充分役に立つことがわかったので、それからというものは、工場は、全能力をあげて、人造人間の製造にかかったのである。
当時、大尉の計算によると、この工場で、一日のうちに、人造人間を五百人作ることが出来る。十日間|頑張《がんば》ると、五千人の人造人間部隊が出来るから、これをもって、イギリス本土への上陸作戦が、うまくいくにちがいないと考えたのである。しかも、一人の人造人間は生きた人間の兵士の百人に匹敵《ひってき》し、五十万の英兵《えいへい》を迎え討《う》つに充分であるというのだ。
私は、その夜のうちに、すべてを決行しようと、機会のくるのを、待っていた。私は、捕虜の身分であるので、例の藁のうえに寝た。ニーナも捕虜であるから、同じ部屋に寝るのだった。ニーナは、私に向かいいろいろと昼間の出来ごとを質問した。しかし私は、一切、口を緘《かん》して、語るのをさけた。ニーナは、ついに腹を立てて、寝てしまった。
午前三時!
ついに、その時刻となった。私は、その時刻こそ、脱出するのに最上の機会だと思って狙っていたのだ。
「ニーナ、お起きよ」
私は、ニーナを、ゆすぶり起した。
ニーナは、びっくりして、藁の中から起きあがった。私が、脱出のことを話すと、ニーナはあまりだしぬけなので、俄《にわ》かに信じられない顔付だった。
「脱走なんて、そんなこと、出来るの」
「うん、出来るのだ。人造人間を使って、ここを脱《の》がれるんだ」
「ええ、人造人間? そんなこと、出来るのかしら」
信じ切れないニーナを、ひったてるようにして、私は窓を破って、廊下へ出た。もちろん私は、例の黒い筒を、背中にしっかりと背負って、両手は自由にしておいた。
「ドイツ兵に見つかったら、どうなさるの」
ニーナは、心配げに、たずねた。
「柔道で、投げとばすだけだ。柔道のことは、ニーナも知っているだろう」
と、私は、投げの形をして見せた。
「ああ柔道! 知っている、あたし。日本人は、ピストルがなくても、敵とたたかえるのね。まあ、すばらしい」
その足で、私は、フリッツ大尉の部屋へ飛びこんだ。もちろん大尉は、ベッドの中で、ぐうぐういびきをかいて寝ていた。大尉の上衣が、壁にかかっている。私はそのポケットを探した。一束《ひとたば》の鍵が、手にさわった。私は狂喜《きょうき》した。それこそ、あの人造人間の指揮塔の扉の鍵だったのである。私はニーナの手をとって、階段づたいに、人造人間のいる三階へ、かけのぼって行った。
ニーナは、その途中で、私に、こんなことをいった。
「なにもかも、お芝居のように、うまくいくのね。あんまり、うまくいきすぎると思うわ。それにしても、フリッツ大尉は、なんというだらしない人でしょう」
ニーナは、あきれている。私とて、じつはこううまくいくとは、思っていなかったのだ。脱出方法のことや、大尉が、無造作《むぞうさ》にポケットになげこんだ指揮塔の鍵束《かぎたば》のことなどは、ちゃんとしらべてあったのだが、それにしても、こううまくいくとは思いがけなかった。廊下にも階段にも、歩哨《ほしょう》一人、立っていないのだ。
私たちは、らくに、指揮塔の中に忍びこむことが出来た。
「これからどうなさるの」
「これから、人造人間の背中に、おんぶされて、ここを脱出するのだ」
「まあ、そんなことが、ほんとに出来るかしら」
ニーナは、目を丸くしている。
脱出《だっしゅつ》
「わけなしだ。ニーナ、見ているがいい」
私は、指揮塔の、配電盤のキイを、ぽンぽンぽンと押した。
その次の瞬間、私は人造人間が、がちゃンがちゃンと音をたてて、こっちへ歩いてくるのを予想していた。ところが、そうはいかなかった。場内に並んだ人造人間は、林のように、しずまっている。
「へんだなあ」
「それごらんなさい。人造人間は、うごかないじゃありませんか」
「そんなはずはないんだが……今押した人造人間は、故障かもしれない。他の人造人間をうごかしてみよう」
私は、別なキイを押した。ところが、やはり駄目だった。人造人間は、うごかない。私は、焦《あせ》ってきた。そこで、私は最後の試みとして、あらゆるキイを押して、そこに並んでいる人造人間のすべてをうごかすように試みた。すると、ふしぎにも、最後にキイを押した三人の人造人間が列をはなれて、指揮塔内に入ってきた。私は、涙が出るほど、うれしかった。
「ニーナ、やっぱり、うごいたよ。三人うごいてくれれば、こっちの思う壷だ。さあ君は、この人造人間の背中におのりよ。私は、こっちのに、のる」
私は、よろこび勇《いさ》んで、ニーナを、人造人間の背中に、のせてやった。ニーナは、妙な顔をして、
「人造人間を、三人も呼んで、どうなさるの。あたしたち二人をのせて脱出するのだったら、二人でたくさんじゃない。一人、あまるわ」
「そうじゃないんだ。どうしても、三人の人造人間が必要なんだ。のこりの一人の人造人間がたいへん大事な役をするんだ。見ていなさい、今すぐに分る」
私は、こういって、第二番目の人造人間の背中にのった。そして背中のうえから、腕をのばして、キイをポンと押した。
すると、第三番目の人造人間が、つかつかと、配電盤の前へ歩いていって、すぐその前まで私が占めていた位置についた。そしてその人造人間が、私に代って、キイを、ぽンぽンぽンと押したのであった。
「ニーナ、走り出すから、しっかりつかまえて………」
言下《げんか》に、私たちを背負った二人の人造人間は、うごきだした。そして指揮塔の出入口から出ていった。
「出発から、破壊から、疾走から、それから国境越えまで、なにからなにまで、私が計画したとおり、配電盤の前に残っているあの人造人間が、順序正しくやってくれるんだ。まあ、見ているがいい」
私は、得意だった。ニーナと私をのせた人造人間は、肩を並べて、すッすッすッと歩きだした。そして階段をもう一階、上にのぼると、たいへんな力を出して、扉を押したおし、外へ出た。そこには一条《ひとすじ》のりっぱな地下道がついていた。人造人間は、そのうえを、走りだした。だんだんスピードがあがってきて、風がひゅうひゅう鳴りだした。
「ニーナ、おちないように、人造人間の背中に、しがみついているんだ!」
「ええ」
人造人間は、砲弾《ほうだん》のように走る。
あっという間に、衛兵所《えいへいじょ》の前を通りすぎた。そして地下道から外に出た。草の匂《にお》いが、ぷうんとした。二人の人造人間は、なおも肩を並べ、風を切って走りいく。
(どうも、あんまりうまくいきすぎたようだ)
私は、人造人間を利用したこの脱出計画が、あまりにうまくいきすぎて、うれしくもあったが、意外な感がしないでもなかった。それにしても、衛兵《えいへい》が発砲するでもなし、誰かが後を追いかけてくるでもなし、全く意外なことだらけであった。
一時間ばかりすると、夜が白々《しらじら》と明けていった。心も感情もない人造人間に背負《せお》われて、どんどん広野《こうや》を逃げていく私たちの恰好は、全くすさまじいものに見えた。とにかく、この勢《いきお》いで、あと一時間ばかり走らなければならないが、途中《とちゅう》、ベルギー兵かフランス兵にとがめられたとすると、人造人間にのった私たちは、化物かスパイ扱いにされて、誤解をまねくおそれがある。そんなことも、新しい心配になって、私の頭をつかれさせた。
ニーナも、死人《しにん》のように、青ざめた顔をしている。彼女は、大きな眼をあいて、不安げに、しきりに、あたりを見まわしている。
そのニーナが、とつぜん私をよんだ。
「ねえ、私たちの前を、へんな自動車が走って行くわよ。髯《ひげ》もじゃの紳士が、のっていて、反射鏡《はんしゃきょう》で、しきりに、こっちをみているわ」
「えっ、そんな奴が、前にいたか」
私は、うしろばかり注意していたので、この先駆者《せんくしゃ》には、気がつかなかったのだった。なるほど、前方五百メートルのところを、たしかに、私たちと同じよう
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング