器械の設計図であった。急いで、一枚一枚、繰《くく》っていくうちに、私は、その青写真が、どんな器械をあらわしているかについて、知ることが出来た。
「おお、これは人造人間《じんぞうにんげん》の設計図だ!」
私は、おどろきのこえをあげた。
人造人間! モール博士が、人造人間の研究をしていたことを知ったのは、今が始めてであった。博士が、自分の生命をうちこんで完成した器械というのは、人造人間の発明のことであったか。
「ふうん、大したものだ」
私は、むさぼるように、十八枚からなるその設計図を、いくどもくりかえして眺《なが》め入った。じつに、巧妙をきわめた設計図である。しかも、この人造人間は、新兵器として作られてあることが、分ってきて、私は二重《にじゅう》におどろかされた。モール博士は、ベルギーの国防のために、このような大発明を完成したのであろうが、ドイツ軍のキャタピラにふみにじられた今となっては、手おくれの形となってしまったことを、私は博士のために気の毒にもおもい、またベルギー国のためにも、惜しんだのであった。
「千吉。もういいでしょう。その図面を、早くおしまいなさいな」
と、ニーナが、私にさいそくをした。
「なぜ?」
私の眼は、なおも図面のうえに、釘《くぎ》づけになったままで、ニーナにといかえした。
「おや、これはなんだ。えらいものを、みつけたぞ。ははあ、そうか」
ニーナが、図面を早くしまえといったわけが、急にはっきりしたのであった。それは、外《ほか》でもない。図面の四隅《よすみ》に、小さい穴があいているのを発見したのだ。
「わかった。誰か、この図面を、写真にとったのだ。ニーナ、誰が、そんなことをしたのだ、おしえたまえ」
ひとの知らないうちに、この貴重な図面を写真にとってしまうなんて、ひどい奴があったものである。
ニーナは、もう仕方がないという顔つきで、
「千吉、あまり大きいこえを出さない方がいいわ。一体、ここを、どこだとおもっていらっしゃるの」
私は、ニーナのことばに、あらためて、びっくりしなければならなかった。
そうだ、ここは一体、どこなのだろう。さっき、目がさめたときから、今までに見たことのない、ふしぎな場所にいるわいと、気になってはいたのだが……。
「ニーナ。ここは、一体どこかね」
私は、ニーナのへんじをきいて、びっくりしなければいいがと思った。
「ここはね、たいへんなところなのよ」
と、ニーナは、うつくしい眼を大きくひらいて、ぐるっと、あたりをみまわし、
「ここはね、ドイツ軍に属する秘密の、地下工場なのよ」
「ええっ!」
私は、やっぱり、びっくりしてしまった。
地下工場《ちかこうじょう》の捕虜《ほりょ》
まさか私は、ドイツ軍に属する秘密の地下工場の中にいようとは、気がつかなかった。
なぜ私は、そんな工場の中に、かつぎこまれたのであろう。わからない、全くわからない謎だ。
だが、その謎は、ニーナが、といてくれた。ここは、同じくベルギーの国内であって、ベン隧道《トンネル》の中であるそうな。ベン隧道というのは、ベン山腹の下を、くりぬいていて、そこを通る電車は、国境線の内側三十マイルの線にそって走っているが、五年前に出来、あまり乗客のない郊外電車であった。ドイツは、そのベン隧道の下に、ひそかに、地下工場を作ってあったのだ。そもそも、あまり乗客のないベン鉄道を作ったのも、ドイツの国防計画の一つであったかもしれない。
そういえば、このベン隧道について、へんな噂をきいたこともあった。なんでもそれは、ベン隧道の怪談という風にいいふらされたが、たとえば、こんなことがあったというのだ。私たちのいた街の方から、ベン隧道の中に、十本の貨物列車が入っていくのを数えた人があるのに、隧道を出た向こうの踏切番は、いや十本の貨物列車なんて、うそだ。八本だといって、きかないのであった。二本の貨物列車は、どこへ行ってしまったか、姿も影もないのだ。そこで幽霊貨物列車の怪談がうまれ、この鉄道は、いよいよ乗客の数が減っていったのであった。今にして思えば、その二本の貨物列車こそは、ベン隧道の下に、地下工場をつくる材料をうんと積んで、地下へもぐりこんでしまったのであろう。おどろくべきドイツ軍の計画であった。いわゆる第五列の人々が、この地下工事にたずさわり、そして今も、その第五列の人々が、工場内で働いているのではなかろうか。
「私は、イルシ段丘《だんきゅう》の灯台の灯を目あてに、どんどん歩いて行ったんだがねえ。今からしてベン隧道の中にいるとは、だいぶん方角がちがったものだ」
というと、ニーナは首をふって、
「昨夜、町から見えた灯は、イルシ段丘の灯台の灯ではないのよ。このベン隧道のうえに点《つ》いていた灯よ」
「だって、ベン隧道のうえに、灯が点く設備があるなどということを、きいたことがない」
「わかっているじゃありませんか。このベン隧道の下には、どこに国の人々が働いているかを考えれば……」
ニーナは、なまいきな口をきく。やっぱり、ドイツ軍に属する第五列のスパイの手によって、昨夜、ベン隧道のうえに、あのまぎらわしい灯火《とうか》が点けられ、そして私は、まんまとそれにあざむかれて、こっちへまよいこんだのであろう。
「で、私は、だれに、助けられたのかね。君かね、ニーナ」
「あたしじゃないわ」
「じゃあ、誰?」
「フリッツ大尉《たいい》よ」
「フリッツ大尉って、誰だい」
そういっているところへ、うしろの扉が、ぎいーッと開いた。
「あ、フリッツ大尉よ」
ニーナが、私の横腹《よこばら》をついた。私は、フリッツ大尉の、いかめしい軍服姿に、すっかり気をうばわれてしまった。
「おう、どうだ、君の傷のいたみは?」
「ええ、大して痛みません」
「そうか、痛みだしたら、またいいたまえ。注射をうってあげよう」
フリッツ大尉が、傷の手あてのことまで、やってくれたものらしい。
「ところで、君は、何国人《なにこくじん》かね。ニーナには、よく分らないらしい」
「中、中国人です。センという姓です」
私は、うそをいった。
「なんだ、中国人か。ふふん、やっぱり中国人だったか」
と、フリッツ大尉は、失望したような口ぶりだった。
「おい、セン。お前は、モール博士と知り合いなのか」
「いいえ、知りませんなあ、モール博士などという人は」
私は、つづいて、うそをいった。身の安全のためには、博士との関係をいわない方がいいと思ったからだ。なぜといって、博士は、あれほどドイツおよびドイツ軍をきらっていたから。
「じゃ聞くが、あの黒い筒は、どうしたのか。お前の持っていた筒のことだよ」
フリッツ大尉は、私を睨《にら》みすえるように、いった。
(ははあ、大尉が、筒をあけて、あの中身を、写真にとってしまったんだな)
と、私は、はじめて知った。
「あの筒は、拾ったものです。なんだか、いいものが入っているように思ったので、持っていたのです」
私は、またもや、うそをいった。そういうより、仕方がないではないか。
「ふふん。まあ、そうしておいてもいいと……」
が、フリッツ大尉は、拳《こぶし》で、自分の背中をとんとんと叩《たた》きながら、
「とにかく、あの人造人間の設計図は、モール博士の研究したものであることは、たしかだ。余は、あの設計図を写真にうつして、本国政府へ報告した。その返事があって、モール博士の研究であることが、はっきりしたのだ。お前が、それを認めようが認めまいが、余等《よら》のやることに、くるいはない」
と、大尉は、自信ありげにいって、気をひくように私の顔をみた。
大尉は、私を験《ため》しているのだ。大尉は、私から、モール博士のことを、もっといろいろ知りたいのであろう。
「ところで、この工場では、あの十八枚の図面を基《もと》として、すでに人造人間の製造を始めているんだ。お前に、それを見せたいと思う」
大尉は、とつぜんおどろくべきことをいいだした。
電波操縦《でんぱそうじゅう》
私は、どうにかして、圧倒せられまいと、自分の心を叱《しか》りつけたが、そのようにはいかなかった。フリッツ大尉の案内により、大仕掛《おおじかけ》な地下工場のまん中に立ち、呻《うな》る廻転機《かいてんき》や、響《ひび》く圧搾槌《あっさくづち》の音を聞いていると、ドイツ人のもつ科学力に魅《み》せられて、おそろしくなってくるのだ。
私が今、見ている機械は、しきりに原型《げんけい》をうち出している。原型は、普通は、かたい鋼鉄《こうてつ》でつくるが、この地下工場では、私の知らない灰色のセメントのような妙な粉末を熔《と》かして固《かた》めるのであった。
「どうだね、セン。君の気に入るように、製造工程は進んでいるかね」
フリッツ大尉は、私の気をひいた。
「さあ。おっしゃることが、私には、すこしも分りません」
私は、すばらしい製造工程の進行についてのおどろきを、ひたかくしに、かくしていった。ドイツ技術なればこそである。
夥《おびただ》しい数の原型が、どんどんつくられていく。一体、そんなにたくさんの人造人間を作ってどうするつもりなのであろう。
「おう、セン。こっちへ来たまえ。いよいよ出来あがった製品について、試験が始まる。君は人造人間の出来|具合《ぐあい》について、遠慮なく、批評をしてくれたまえ」
フリッツ大尉は、そういって、私をエレベーターにのせて、別室へつれて行った。 それは、三階ぐらい上のところにある部屋だった。この地下工場は、どこまで大きいのであろう。
廊下をちょっと歩いたところに、入口があった。大尉は、扉を押して開いた。そして私の背中を、うしろからついた。
私は、全く気をのまれてしまった形だった。なぜといって、扉がひらいての瞬間から、私の眼は、室内に軍隊のように整列しているぴかぴかの人造人間のすばらしい群像に吸《す》いつけられてしまったのだ。
なんというりっぱなモール博士の研究であろう!
それとともに、なんという手際のいいドイツ軍の製造技術であろう!
「さあ、あの台のうえにある金属製の檻の中に入って見物しよう」
大講堂を十個ぐらいうち貫《つらぬ》いたようなこの広い試験室の中央には、噴水塔《ふんすいとう》のようなものがあって、上は、金属棒をくみあわせた檻になっていた。そして、その檻の中には、試験官らしいドイツ人が三四人入っていて、机の形をした配電盤の前に立っている。人造人間をうごかすためには、強烈な電波を使うから、電波の侵入をふせぐこのような厳重《げんじゅう》な檻の中に入って試験をしなければならないのであった。
フリッツ大尉と私とは、最後に、檻の中の人となって、扉を閉じた。
檻の中から、整列している人造人間の部隊を見下ろしたところは、奇観《きかん》であった。なんだか人造人間の部隊のために、あべこべにわれわれが檻の中に閉じこめられてしまったような錯覚《さっかく》をおこした。それほど、人造人間部隊はいかめしい。
そのとき私は、丁度向こう側に、大きな箱のようなものがおいてあるので、何だろうかと、いぶかった。
「あの箱みたいなものは、何ですか」
と、私は、フリッツ大尉にたずねた。
「おや、お前は、勝手なときに、口をきくんだなあ。あの小屋のことが知りたいのかね。見ていれば、今にわかるよ」
そういい捨てて、フリッツ大尉は、右手をあげた。それは、試験始めの合図《あいず》であった。一人の技師が、配電盤のうえについているスイッチを、ぱちりと入れ、そして計器の表をみながら、ハンドルをまわした。他の一人が、九千五百、一万……と、しきりに数字を読みあげる。
「右向け、右!」
フリッツ大尉が叫ぶと、もう一人の技士が、配電盤上のタイプライターのキイのように並んだ釦《ボタン》を、ぽんぽんぽんと叩いた。とたんに、人造人間は、一せいに右へ向いた。生きている軍隊よりもあざやかに、まるで、珠算《しゅざん》のたまが、一せいに落ちるようであった。
「四列縦隊で、前へ!」
ぽんぽんぽんと、
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