かってしまうぞ」
日本人である私が、ドイツ兵に見つかっても、友邦《ゆうほう》のよしみをもって、大したことがないらしくおもわれるであろうが、今の私の場合は、そうはいかなかった。というのは、当時私たち日本人は、ことごとく、ベルギー国から引揚げてしまったことになっていたのだ。私は、或る事情のため、極秘にこの土地にのこっていたのだ。だから、もしドイツ兵に見つかれば、有無《うむ》をいわさず、敵性《てきせい》ある市民、あるいはスパイとして殺されてしまうであろう。殊《こと》にモール博士から託《たく》されたこの黒い筒などをもっていることなどが発見されれば、さらにいいことはない。
「困った。これは、うまく逃げられそうもなくなったぞ」
私は、乾いて、やけつくような咽喉の痛みを感じながら、ぜいぜい息を切って、雑草に蔽《おお》われた間道《かんどう》を走った。走ったというよりは、匐《は》いながら駈《か》けだしたのであった。頼む目標は、イルシ段丘《だんきゅう》のうえに点《とも》っている航空灯台が、只一つの目当てだった。その夜、イルシ段丘の灯火が、ドイツ軍の侵入をむかえて、いつものとおり消灯もされずに点《つ》い
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