《と》に角《かく》、うまく行った。真逆《まさか》、なにがなんでも、音響振動で夫人に堕胎をさせたとは、気がつくまい。胎児さえ流れてしまえば、もうこちらのものだ。おい柿丘、お前の勝利だぞ。一つ大きい声で愉快に笑え!)
そう自分の心を激励したものの、声を出そうとしても、胸が抑えつけられるようで、思うようにはならなかった。気がつくと、咽喉の下あたりと思われるあたりに、何か南瓜《かぼちゃ》のようなものが閊《つか》えるようで、気持がわるかった。そいつを吐こうと思って、顎《あご》をグッと前に伸ばす途端《とたん》に、咽喉の奥が急にむずがゆくなってエヘンと咳《せ》いたらば、ドッと温いものが膝頭《ひざがしら》の前にとび出してきた。
「こいつは、失敗《しま》った!」
柿丘秋郎には、普通の眼には見えない胸の奥底《おくそこ》がハッキリ見えた。そのうちにも、あとからあとへと激しい咳《せき》に襲われそのたびにドッドッと、鮮血《せんけつ》を吐き散らした。柿丘の前の血溜《ちたま》りは、見る見るうちに二倍になり三倍になりして拡《ひろま》って行った。それとともに、なんとも云えない忌《い》やな、だるい気持に襲われてきた。すると、全身がガタガタと震えだして、いくら腕を抑《おさ》えつけても、已《や》むということなく、終《つい》には、実験室全体が大地震《おおじしん》になったかのように、グラグラ振動をはじめたと錯覚《さっかく》をおこした。灼《や》けつくような高熱が、全身から噴《ふ》きだした。
「奔馬性結核《ほんませいけっかく》!」
彼は床の上に転倒しながら、ハッキリ彼自身の急変を云いあてたのだった。
4
吾が柿丘秋郎は、なんという不運な男であったことだろう!
折角《せっかく》苦心に苦心を重ねた牝豚夫人の堕胎術には成功したのだったが、その夜彼は突如として大喀血《だいかっけつ》に襲われ、急に四十度を超える高熱にとりつかれて床についてしまった。彼の意識は、もうかなり朦朧《もうろう》としてしまったが、吸入の酸素瓦斯《さんそガス》を、もっと強く出してくれるようにということと、どんなことがあっても主治医である白石博士を呼んではならないということを、家人に要求したのだった。何故に名医白石博士を謝絶したのであるか。生命をかけてまで、排撃《はいげき》したのであるか。
それについて、柿丘は遂に言葉をつぎ
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