れもした。しかし自らの智恵ぶくろの大きいことに信念をもつ柿丘は、なにかしら屹度《きっと》、素晴らしい手段がみつかるだろうと考えた。
彼は、或る時は図書館に立《た》て籠《こも》って、沢山の書籍の中をあさり、また或る時はそれとなく医学者の講演会や、座談の席上に聞き耳をたてて、その方法を模索《もさく》したのだった。夫人を美酒《びしゅ》に酔わせるか、鴉片《あへん》をつめた水管の味に正体を失わせるか、それとも夫人の安心をかちえたエクスタシーの直後の陶酔境《とうすいきょう》に乗《じょう》じて、堕胎手術を加えようか、などと考えたけれど夫人はいつも神経過敏で、容易に前後不覚《ぜんごふかく》に陥《おちい》らなかったので、手術を加えても、その途中の疼痛《とうつう》は、それと忽《たちま》ち気がつくことだろうと予測された。一度夫人に、手術を加えたことを嗅ぎつけられたが最後、すべては地獄へ急行するにきまっていることだった。なんとかして、雪子夫人が、全く気のつかないうちに、それは手術であるとも、彼の持った毒物であるとも感付かないように、極めて自然にことをはこばなければならないのだった。それは、いかに叡智《えいち》にたけた彼にとっても、容易なことで解決できる謎ではなかった。
だが幸運なる彼は、とうとう非常にうまい方法を知ることができた。
それは、物体の振動を利用する方法だった。いまドロップスの入っていた空《あ》き缶《かん》の蓋を払いのけて底に小さな孔《あな》をあけ、そこに糸をさし入れて缶を逆さに釣り、鉛筆の軸《じく》かなにかでコーンと一つ叩いてみるがいい。そうするとこの缶は形の割合には大きい音をたてて、グワーンと、やや暫《しばら》くは鳴り響いているだろう。強く叩けば更に大きい音響を発する。しかしその音色《おんしょく》は、いつも同じものである。それというのが、こうした箱や壺《つぼ》めいたものには、その寸法からきまるところの振動数というのがタッタ一つきりあるので、一体振動数というのは音色そのものに外ならないものだから、それで同じ器《うつわ》を叩けば、音の大小はあっても、音色はいつも同じなのである。
そこで、もう一つのドロップの空《あ》き缶《かん》をとりあげて、前と同じように、糸でとめて、ぶら下げて置く、その上で、最初の缶を思いきり強く叩くのである。するとたちまち大きい音がするであろうが、音が
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