電気装置が働いて、室内の空気が、外気と巧みに置換《ちかん》せられているせいだったかも知れない。三重|壁体《へきたい》も完成すると、機械台がいく台も担《かつ》ぎこまれ、そのあとから、一台のトラックが、丁寧な保護枠《ほごわく》をかけた器械類を満載《まんさい》して到着した。若い技師らしい一人が、職工を指揮して三日ばかりで、それ等の器械類をとりつけると、折から、講演先から帰ってきた柿丘秋郎に、委細の説明をしたあとで、挨拶をして引上げて行った。
一体これから此の部屋で、何が始まろうというのだ。
柿丘が呉子さんに説明したところによると、今回協会の奨励金《しょうれいきん》を貰って、旅順《りょじゅん》大学の東京派遣研究班が、主として音響学について研究するということに決定《きま》ったそうで、それには実験室を建てねばならないが、適当な地所が見付からないために、これも社会奉仕の一助として、柿丘は自分の邸内の一部を貸しあたえることにしたそうである。かたがた、柿丘自身も、かねてから、科学というものに大きい憧《あこが》れを持っていたこととて、これを機会に、初等科的な実験から習いはじめるという話だった。
呉子さんは、柿丘の言葉に、これッぱかりの疑惑《ぎわく》もさしはさまなかった。一日のほとんど大部分の時間を、家庭の外で暮す主人を、実験室とはいえ自邸の一隅《いちぐう》にとどめることの出来るのは何となく気強いことだったし、食事についても、何くれとなく情《じょう》の籠《こも》った手料理などをすすめることが出来ることを考えて、大変嬉しく思ったほどだった。
しかし、ありようを言えば、これは柿丘秋郎の奇怪きわまる陰謀にもとづく実験が、軈《やが》て開始されようとするのに外ならなかった。さて其の実験というのは、――
さきに、雪子夫人から威嚇《いかく》されて、堕胎手術をはねつけられた柿丘秋郎は、その後、このことを思いとどまったかのように見せていたが、内心は全く反対で、あの時、夫人の深情《しんじょう》と執拗《しつよう》な計画とを知ったときに、これはどんな犠牲を払っても、堕胎を実行しなければならないと思った。その方法も、夫人の生命をおびやかすものであってもならないし、しかも夫人が全く気のつかぬ方法でないと駄目である。それは、たいへんに困難な方法だ。いや一体、そのような方法があるものか無いものか、それが案ぜら
前へ
次へ
全21ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング