なれた魂であつて、假りに生前の形を生ある人に見せながら、それに乘つて現世へやつて來る。
 心靈研究者たちは、そのやうな幽靈は、インチキ心靈であると排斥してゐる。
 未來の世、すなはち死後の世界から、現世へ戻つて來て、現世の人と、言葉を交はす心靈は、普通は靈媒の力を借りなければならない。普通はと制限を附したが、靈媒なしに、現世へ現はれる心靈は、いはゆる守護靈といふ修行を積んだ心靈に限るのである。
 人間が死ぬと、肉體は亡ぶが、心靈は殘る。その心靈は、いはゆる死後の世界へはいる。
 死後の世界へはいつた心靈は、その世界では新參者であるが故に、あたかも現世に於ける嬰兒の如く、甚だたよりない存在である。
 普通の場合は、死んだことすら自覺してゐない。そして死の直前に感じた苦しみの中に依然として浮き沈みしてゐる。胃病で死んだ者ならば、「胃が痛い痛い」と叫びつづけてゐるし、肺病で死んだ者ならば「呼吸ができない、苦しい苦しい」と叫びつづけてゐる。
 これは靈媒の力を借りて、その心靈を靈媒の肉體に一時宿らせると、そのことがはつきりする。つまり、靈媒の肉體へ、亡靈を招きよせるのである。招靈するのだ。
 これを行ふには、靈媒を無我の境に陷し入れるもう一人の術者が要るのが普通である。しかしその靈媒が修行を積んだ人ならば、自分で無我の境に入つて行くから、術者は要らない。
 靈媒が無我の境に入ると呻り聲を發する。すると傍についてゐる心靈研究會側の主が、『心靈が出ましたから、話をしてごらんなさい』といふ。尚、『この樣子では、この方は、まだ御自分が死んだことを自覺してゐませんな』と、言葉を繼ぐ。
 そこでこつちから、靈媒へ聲をかける。すると靈媒が返事をする。『ああ、誰ですか。苦しい苦しい。ここが痛い』などと身體をひねつて苦痛の色を示す。
『ああ、氣の毒に。この方は肺病で亡くなられたな』と主事が言ひあてる。そして『早く聲をかけてあげなさい。あなたはもう死んでゐるのですぞと教へておやりなさい』と助言する。
 そこでこつちは、恐る恐るそのことを告げる。すると靈媒に現はれた心靈は、強くそれを否定する。それから雙方で押問答をくりかへしてゐるうちに、心靈は、はじめて自分の肉體がないことに氣がつく。そこで心靈は、はげしく歎き悲しむ。
 死をやうやく自覺した心靈を慰めるために、かなり骨が折れる。こつちはいい加減
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