なかなか元気に見えたのだった。
 どこかに喰い違いがある。それとも証人たちが揃って嘘をついているのかもしれない。しかし揃って嘘をつくということはむずかしいことである。探偵は、また首をかしげながら、第二のコースへ廻った。
 そこは、心臓を盗まれた安東仁雄の秘めたる恋の相手である今福西枝嬢の邸宅附近であった。
 近所で聞合わせてみると、この今福嬢なるものが、また非常に気の弱いお嬢さんだそうであって、この波風荒き世にかりそめにも生き伸びて居らるるのがふしぎなくらいだそうであった。
 丁度そのとき一台のスマートなクーペ自動車が、今福邸の門前についた。降り立ったのは体躯人にすぐれたる男、すこし長すぎるが、魅力のある浅黒い艶のある顔、剃刀《かみそり》をあてたばかりの頬が青く光っている。ポマードを惜気もなく使った長髪、薄紫の硝子《ガラス》のはまった縁なしの眼鏡、ぴんとはねたる細身の鼻下の髭。それが赤と白との縞ネクタイを締め、スポーツ型の薄いグリーンの格子織のオーバーを着込んで、ゆったりと門の中へ入って行く姿は、女ではなくとも見惚れるほどのすばらしい美男の紳士だった。
「あの殿御《とのご》ですよ。初め
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