忙しくなった。
 気になることを大急ぎで一つ一つ片付けてゆかねばならない。
 彼はまず安東仁雄の性行調査を行った。安東の止宿しているアパートのおばさんをはじめ、その友人たち、勤め先の上役と下僚、それから彼の加入しているロザリ倶楽部《クラブ》の給仕や給仕頭や預所の婦人たちを訪ねまわった。
 その結果、安東仁雄の人柄がわかった。彼は模範的な温和《おとな》しい青年であって、金銭関係についても婦人関係にかけても極めて厳格であって、一つのスキャンダルもない。強いて欠点をあげれば、彼安東はまるで徳川時代の箱入娘のように気が小さすぎて、人前にもろくに口がきけず、況んや婦人に向いあうと、たとえ相手が八十の梅干婆さんであっても、彼は頬から耳朶《みみたぶ》からすべてを真赤に染めてはずかしがるのだそうであった。
(はてな。それはすこし解せないことだわい)
 と、袋探偵は頸をひねった。というのは、彼は安東が自分の病床のまわりに若い看護婦を五六人もひきよせて、きゃつきゃっとふざけていたこの間の光景を思い出したからだ。また安東は、口では自らの気の小さいことを訴えるが、しかしこの間は血色もよく、言葉もはきはきして、
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