人に分った。闇に目が慣れたせいであった。
「どこでしょう、あの音楽を鳴らしているのは……」
春部が声を忍んで、帆村に話しかけた。
「地の底から聞えて来るようですね。あなたは感じませんか、足の裏から振動が匐いあがって来る」
「ええッ……」
春部は愕いて帆村の胴中を両腕で締めた。足が慄えている。
「ふしぎだ。いよいよふしぎだ」
帆村の声が、別人のように皺枯《しわが》れた。
「えッ、何がふしぎ……」
「さっきあなたも塀の外で見たでしょうが、この建物への電気供給は断たれている。それにも拘らず、ほらあの通り、薄赤い光で照明されており、それから電気蓄音器も鳴っている……」
「あれはこの館の中で演奏しているんじゃないんですの」
春部にとっては、その方が気懸りだった。田川がこれに幽閉されて、あの奏楽を指揮しているのではなかろうか。
「ふしぎだ。この建物の中には暖房設備があって、部屋を温めている。煙突一つ見えず、もちろん煙もあがっていなかったのに。……すると電気暖房かな。それにしては配電線が断たれているではないか。一体どうしてこのエネルギーを得ているのか」
帆村は、これらのエネルギー源の追求に、彼の全精力をふり向けている。
「分らない。他の部屋を探すのだ」
やがて帆村は、はき出すようにいった。そして春部の手を引いて、部屋の中を歩き出した。どこにも扉はない。部屋の片隅から、向こうへ伸びている廊下があるばかり。
必然的に、その廊下を行くより外に途はなかった。帆村は、再び春部を抱えるようにして、その廊下へ進み入った。幅は一間ほどのその廊下だった。壁は同じ赤煉瓦を厚く積み重ねてある。叩けば、それとすぐ分った。何の特徴もない。天井はおそろしく高くて、二十尺はあるだろう。暗いのでよく分らないが、やっぱり煉瓦らしい。煉瓦をどんな方法であんなところへ貼りつけるのだろうか。
廊下はところどころで曲っていて、長かった。二三度そういう角を曲った後で、帆村は急に足を停めて、春部に囁いた。
「カズ子さん。どうやらこれは普通の廊下でなくて、迷路のようですよ」
「メイロというと……」
「今朝バスで一緒になったお婆さんがいったでしょう。千早館の中には八幡の藪しらずがあるとね。その八幡の藪しらずというのがこの迷路なんですよ。待って下さい。思い出しかけたことがある……」
と、帆村はそこで暫く薄あかりの
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