いる古風な赤煉瓦の洋館である。私もはじめて赤耀館を車窓から仰いだのであるが、正直なはなし、余りいい感じがしなかった。あの事件の当時の新聞記事によると「赤耀館は、鯨の背にとびついた赤鬼の生首《なまくび》そのものだ」とか「秋の赤い夕陽が沈むころ、赤耀館の壁体は血を吸いこんだ壁蝨《だに》のように真中から膨《ふく》れて来る」とか言われている。秋十月の落日は、殊に赤《レッド》のスペクトルに富んでいるせいもあろうが、西に向いた赤耀館の半面を、赤煉瓦の色とは見うけ兼ねる赤さに染めあげていた。その毒々しい赤さは、唯、不思議な気味のわるい赤さというより外に説明のみちがないのである。
 赤耀館の主人、松木亮二郎《まつきりょうじろう》は、思いの外、上品な、そして柔和な三十過ぎの青年紳士に見えた。しきりに、漆黒の髪が額に垂れ下るのを、細い手でかき上げるのが、なんとはなしに美しかった。私が夢から醒《さ》めきらぬような顔付をしているとて、にやにや笑ったが、愛想《あいそ》よく食後の葉巻煙草などをすすめて呉れた。高い天井には古風なシャンデリアが点いていたが窓外にはまだ黄昏《たそがれ》の微光が漾《ただよ》っているせいか
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