兄は、大きな咳払《せきばらい》と共に、重い扉を押して室内に入って来ました。勝見は白々しく敬礼を捧げましたが、再び嫂の方に向い、
「では麻雀《マージャン》競技会にいらっしゃるお客様は、八十名と考えましてお仕度をいたしましょう。会場は階下の大広間を当てることにいたしましょう。卓《テーブル》の方は、早速、聯盟の事務所と打合せまして、ハイ、もう外に伺《うかが》い落したことはございませんか。では……」
 勝見はすこしも臆《わるび》れる様子もなく、扉をあけて去りました。兄夫婦の間には、しばらく白々しい沈黙が過ぎて行きました。
「あなた、このごろ勝見の様子が、どこか変じゃありませんこと?」
「笛吹川が亡くなったので、気を落しているのだろう」
「そうでしょうか。勝見が独りでいるところを横から見ていますと、何かに憑《つ》かれているようなんですよ。話をして見ても、言語のはっきりしている割合に、どことなく陰険《いんけん》なんです。それに勝見はこんな顔をしていたかしらと思うこともあるのです。あの眼。このごろの勝見の眼は、死人の腐肉を喰べた人間の眼ですよ」
「そりゃ、よくないね。君は神経衰弱にかかっているようだ
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