たものですから、勝見は「呀《あ》ッ……」と驚いて壁ぎわに身をよせました。
「だ、だ、旦那様が……」勝見は生唾《なまつば》をごくりと呑みこみました。
「ちがう。ちがうよ。奴は死んだか、どうだか、一寸調べてくれないか」
「た、短刀を、おしまい下さい。た、短刀を……」
「なに、短刀を……」兄はやっと気がついたものと見えて、自分の手に堅く握られた短刀を発見すると声をあげてそれを床の上になげ落しました。
 勝見は、恐る恐る笛吹川画伯の身体にふれて見ました。生温い体温を掌《てのひら》に感じて、いやな気持になりました。息は止っています。手首をとりあげて見ましたが、脈はありません。身体をひっくりかえしてみましたが、別に短刀で突いた傷のある様子もありません。くいしばった唇から、糸を引いたように赤い血が流れていました。両眼はつるし上って、気味のわるい白眼を剥《む》いていました。多分|瞳孔《どうこう》も開いていたことだったでしょう。体温はすこし下って来たような気がします。
「駄目らしいようでございます。息も脈もないようでございます」
「脈も無い――大変なことになっちまった」
「医者を呼びましょうか」
「ウン
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