わしい彼の言葉とは、地獄を故郷に持っているらしい画伯の正体を見せつけられたような気がするのでした。そうかと言って、兄はほんの少しだって、彼の失恋に同情心なんか起し得なかったのです。それは兄の無情のためというよりも、笛吹川画伯の態度があまりに同情を受けない程度の憎々しさに満ちていたがためでしょう。
赤耀館の大時計がにぶい音響をたてて、四時を報ずると、兄の居間にあたって突然奇妙な声がきこえ、それに続いて瀬戸物《せともの》のこわれるような鋭い音がしました。そして五分も経ったと思われるころ、執事を呼ぶベルの音が階下に鳴りひびいたのでした。
執事の勝見は私室から飛び出すと、階上の兄の室を指して、駆け出しました。何故彼がもっと前に、二階へ駆け上っていなかったのか、一寸不思議でなりません。
勝見が兄の部屋の扉《ドア》を開くと、直ぐ足許に、笛吹川画伯が仆《たお》れているではありませんか。兄は椅子の中にうずくまった儘《まま》、顔には血の気もありません。
「い……医者を呼びましょうか」と勝見は兄の救いを求めるかのように、叫びました。
「待て……」と言って兄がふりあげた右手に、細身の短刀がキラリと光っ
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