ような紙函《かみばこ》を載せて、乙吉の方にさしだした。
「これは……?」乙吉の受取ったのは、よく鉱物《こうぶつ》の標本《ひょうほん》を入れるのに使う平べったい円形《えんけい》のボール函《ばこ》で、上が硝子《ガラス》になっていた。硝子の窓から内部《なか》を覗《のぞ》いてみると、底にはふくよかな脱脂綿《だっしめん》の褥《しとね》があって、その上に茶っぽい硝子|屑《くず》のようなものが散らばっている。
「判らんかネ」と警官は再び尋《たず》ねた。「これはセルロイドの屑なんだ。そして燃え屑なんだがネ」
「どこに御座いましたのですか」
「これは、君が今引取ってゆこうという轢死婦人のハンドバッグの隅《すみ》からゴミと一緒に拾い出したのだ」
「さあ、どうも見当《けんとう》がつきませんが……」
 どうやら隅田乙吉は、本当に心当りがないらしかった。で、熊岡警官はそれ以上|追究《ついきゅう》したり、また今とりつつある上官《じょうかん》の処置に異議《いぎ》を挿《はさ》もうという風でもなく、事実その問答はそこで終ったのであった。
 隅田乙吉が屍体を守って中野の家へ帰ってゆくと、入れ違いに新聞社の一団が殺到《さっとう》して来た。
「とうとう、新宿の轢死美人《れきしびじん》の身許《みもと》が判ったてじゃありませんか。誰だったんです」
「自殺の原因は何です」
「全然|素人《しろうと》じゃないという噂《うわ》さもありましたが……」
 当直《とうちょく》は、記者に囲まれたなり、ふかぶかと椅子の中に背を落とした。そして帽子を脱いで机の上に置くと、ボリボリと禿《は》げ頭を掻《か》いた。
「書きたてるほどの種じゃないよ。それに轢死美人でも顔が見えなくちゃなア」
 本気か冗談か判らぬようなことを云って、アーアと大欠伸《おおあくび》した。記者連《きしゃれん》もこんな真夜中に自動車を飛ばして駈けつけたことが、のっけからそもそもの誤《あやま》りだったような気がして、一緒に欠伸を催《もよお》したほどだった。
 しかし、それから二十四時間後に、彼等は同じこの場所に、互《たがい》に血相《けっそう》をかえて「怪事件発生」を喚《わめ》きあわねばならないなどとは、夢にも思っていなかったのである。


     2


 それから二十四時間ほど経った。
 同じ警察署の夜更《よふ》けである。今夜は事件もなく、署内はヒッソリ閑《かん
前へ 次へ
全47ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング