赤外線男
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)奇怪《きかい》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一|迷宮《めいきゅう》事件

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)猿臂《えんぴ》[#ルビの「えんぴ」は底本では「えんび」]が
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 この奇怪《きかい》極《きわ》まる探偵事件に、主人公を勤める「赤外線男《せきがいせんおとこ》」なるものは、一体全体何者であるか? それはまたどうした風変りの人間なのであるか? 恐らくこの世に於《おい》て、いまだ曾《かつ》て認識されたことのなかった「赤外線男」という不思議な存在――それを説明する前に筆者は是非《ぜひ》とも、ついこのあいだ東都《とうと》に起って、もう既に市民の記憶から消えようとしている一|迷宮《めいきゅう》事件について述べなければならない。
 これは事件というには、実にあまりに単純すぎるために、もう忘れてしまった人が多いようであるが、しかし知る人ぞ知るで、識《し》っている人にとっては、これ又奇怪な事件であることに、この迷宮事件が後になって、例の摩訶不思議《まかふしぎ》な「赤外線男」事件を解《と》く一つの重大なる鍵の役目を演じたことを思えば、尚更《なおさら》逸《いっ》することのできない話である。
 なんかと云って筆者《わたくし》は、話の最初に於て、安薬《やすぐすり》の効能《こうのう》のような台辞《せりふ》をあまりクドクドと述べたてている厚顔《こうがん》さに、自分自身でも夙《と》くに気付いているのではあるが、しかしそれも「赤外線男」事件が本当に解決され、その主人公がマスクをかなぐり捨てたときの彼《か》の大きな駭《おどろ》きと奇妙な感激とを思えば、一見思わせたっぷりなこの言草《いいぐさ》も、結局大した罪にならないと考えられる。――
 さてその日は四月六日で、月曜日だった。
 ところは大東京《だいとうきょう》で一番乗り降りの客の多いといわれる新宿駅の、品川方面ゆきの六番線プラットホームで、一つの事件が発生した。
 それは丁度《ちょうど》午前十時半ごろだった。この時刻には、流石《さすが》の新宿駅もヒッソリ閑《かん》として、プラットホームに立ち並ぶ人影も疎《まば》らであった。
 あの六番線のホームには、中央あたりに荷物|上《あ》げ下《
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