下橋《やましたばし》へ」
怪しい医師は、小さい包を、漢青年にソッと握らせた。青年は、その手を無言《むごん》の裡《うち》に、強く握りかえすと、そのままツツと屋根の上を走ると見る間に、ひらりと身を躍らせて、飛び降りた。大きな水音がきこえると、彼《か》の怪しい医師は、暗闇の中に、ニッと微笑したのだった。
4
「昨夜の事件は、当分記事禁止らしいね」私は、片手を繃帯《ほうたい》で痛々しく釣った帆村に云った。
「それほどのことでもないが」と帆村はニヤリと笑った。
「こっちで騒ぎを大きくしたようなものさ」
「ボラギノール一壜《ひとびん》で、君があんなに器用な真似をするとは思わなかった」
「君があの壜を拾ってくれなかったら、この事件は今頃どうなっていたか、しれやしない」帆村は、大きく溜息《ためいき》をついて、そこに脱ぎすててある中国医師の服装の上に目を落とした。
「だが孫火庭が呼びに来てくれるまでは、気が気じゃなかった」
「あの風変りな新聞広告が、きいたのだね」
「ふふ」なにを思いだしたのか、帆村が笑った。久振《ひさしぶ》りに見る彼の笑顔だった。
「漢青年は、うまく脱走したかなァ」
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