》をしていた。
 漢青年は、退屈を感じて、医師の顔ばかりみていた。ことにそのよく動く唇を呆《あき》れて眺めていた。
(これは変だな)
 と、漢青年は胸のなかで呟《つぶや》いた。寝台の下でガーゼを絞《しぼ》っている医師の目は、何事かを彼に訴えるかのように、動いていた。そこの場所では、漢青年の脚を抑えている孫と王の視線が、全く届かないところだった。
 怪しい医師は、警告の目付をしたあとで、唇をビクビクと動かせた。
 漢青年は、しばらくその唇の動くのを見ていたが、
(呀《あ》ッ)
 とばかりに、心中驚いた。それというのが、この怪しい医師の唇は、煙草を噛んでいると見せかけて、唇の運動がモールス符号をうっているのだった。それを一々判読して綴《つづ》ってみると次のような文句になった。
「シュジュツゴ、ガーゼヲトッテ、テガミヲミヨ」
「手術後、ガーゼを取って、手紙を見よ」この信号は、繰返《くりかえ》し発信されたのだった。
 口の利けず、耳の聞えない医師は、最後に大きいガーゼをあてて、その周囲を絆創膏《ばんそうこう》で止めると、遂に一語も発しないで、部屋を出ていった。孫も王も、医師を見送るためにこの室
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