た。青年は唇を噛んだ。
「御覧遊ばしませ。王もマリ子も、貴方様の幻想につれて、これから御意のままの御仕《おつか》えを致すでございましょう。それからあの小窓から、外をお眺めなさいませ、楚提《そてい》が長く連《つらな》っているのが見えます」
 漢青年は、気がつくと、いつの間にか窓辺《まどべ》によっていた。そこから、西湖《せいこ》の風光が懐しく彼の心を打った。こうして、漢青年の幻想生活が始まった。
 彼は、思い出したように食事をした。死んだものが食事をするとは、変ではないかと考えた。
「それは幻影だ。食事は永い間の習慣だ。そのような種類の幻影は、中々消えるものではない」どこかで、そう囁《ささや》く者があるようだった。
 漢青年は、幻影を自由に楽しんだ。殊《こと》に彼にとって好ましかったのは、マリ子を傍近く呼んで、他愛のない話をしたり、その果《はて》には思切った戯《たわむ》れを演じてみるのだったが、マリ子はどんなひどいことにも反抗しないで、あらゆる彼の欲するところに従った。反抗のない生活――そこにも漢青年は、幽界《ゆうかい》らしい特徴を発見した。
 だが、それにも倦《あ》きてくると、彼はあらゆ
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