行かれては、漢青年は浮木《ふぼく》にひとしかった。非常に心配して、行く末をいろいろと思い煩《わずら》っているところへ、孫火庭がヒョックリ帰ってきた。帰るには帰ってきたが、彼は二人の中国人を連れてきた。一人は、王妖順《おうようじゅん》といって、孫と似たりよったりの年頃で、もう一人は始めからマリ子と呼ぶ、まだ十七八の少女だった。彼等は外《ほか》へ宿をとるという風もなく、カフェ・ドラゴンに寝泊りするようになり、王は毎日外出して夜遅く帰って来る。一方マリ子と呼ぶ少女は、ドラゴンの女給となったのだった。
 そんなことは、漢青年にとって大した問題ではなかった。困ったのは、孫の鼻息が、急に荒くなったことだった。彼はことごとに文句を云った。そうかと思うと、彼は数回に亙《わた》って、心霊実験会へひっぱって行った。そこで、漢青年はいく人《にん》となく、死んだ知友《ちゆう》の霊と話をした「死後の世界」というものが、なんだか実在するように感ぜられて来たのだった。
 漢青年は「死」という問題に、段々と恐怖を覚えずには居られなかった。人間は、死んだ後《のち》でも、死んだことを意識しないでいるものだということが、心
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