った。彼の男らしい容姿と、豊かなポケット・マネーは、どの店でも女給達をワッワッと騒がせずには置かなかった。
 彼は、孫火庭の忠言も、どこに吹くかというような顔をして、毎日毎夜、東京中をとびまわるのに夢中だった。彼は遂《つい》に一台の高級クーペを買いこむと、簡単に乙種《おつしゅ》運転手の免状をとり、その翌日からは、東京市内は勿論のこと、横浜の本牧海岸《ほんもくかいがん》、さては鎌倉から遠く小田原あたりへまでもドライブした。その結果、彼は知《し》らず識《し》らずの裡《うち》に、スピード狂になっていた。時速四十|哩《マイル》などは、お茶の子サイサイであった。警視庁の赤オートバイに追駆《おいか》けられたこともしばしばだったが、彼はいつも、鼻先でフフンと笑うと、時速六十五|哩《マイル》という砲弾のようなスピードで、呀《あ》っという間に赤オートバイを豆粒位に小さくすることが慣例であって、その度毎に彼は鼻を高くした。
 恰度《ちょうど》そのころ、彼には鳥渡《ちょっと》気懸《きがか》りな事件が生じた。それは家扶《かふ》の孫火庭《そんかてい》が、一週間ばかりというものは、行方不明になったことだった。彼に
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