《いりよう》なのであるかと考えては、いけないであろうか」
 帆村は陶酔《とうすい》的口調で私に聴かせているのではなく、彼自身の心に聞かせているのであることが明らかだった。
「すると、そのあたりに、怪青年が隠れているというんだね」
「うん、一度入った者は、いつかは出てこなければならない。そうだろう。あとは根気競《こんきくら》べだ」


     3


 青年|漢于仁《かんうじん》は、今日も窓のそばに、椅子をよせて、遙かに光る西湖《せいこ》の風景を眺めていた。
 空はコバルトに晴れ、雲の影もなかった。このごろは毎日お天気つづきだった。
 湖の左手には、黛《まゆずみ》をグッとひきのばしたように、蘇提《そてい》が延々《えんえん》と続いていた。ややその右によって宝石山《ほうせきざん》の姿がくっきりと盛上り、保叔塔《ほしゅくとう》らしい影が、天を指《さ》していた。いつ見ても麗《うるわ》しい西湖《せいこ》の風景だった。
 だが、いつ見ても変らぬ風景だったことが、漢于仁《かんうじん》には物足りなかった。それにこの室の窓は、非常に厚い壁を距《へだ》てた彼方に開いていたので、自然《しぜん》、視界が狭く、
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