老人が、二人に注意した。
 曽我貞一は、連れの神田の興奮に青ざめたような顔をチラリと見たうえで、老人に、止めることを頼んだ。
 老人は、再び大竹女史の前に膝をつくと、何やら呪文《じゅもん》のようなものを唱え、女史の額のへんを二三度、撫でるようにした。
 女史は、元の女らしさに立帰って、静かに上体を起した。そしてケロリとした顔で、一座を眺めると、やや気まり悪そうに、はだけた前をかきあわせたのだった。
 二人の背広男は、このとき丁寧《ていねい》なお辞儀をすると、席を立った。場慣《ばな》れているらしく、始終《しじゅう》ベラベラ喋《しゃべ》った曽我貞一という男、それに反して一語も発しないで、唯《ただ》興奮に青ざめていたような神田仁太郎と呼ばれた若い方の男――帆村はそれをぼんやりと見送っているような顔付をしていたが、その実、彼の全身の神経は、網膜《もうまく》の裏から、機関銃を離れた銃丸《たま》のように、両人目懸けて落下していたのだった。
     *   *   *
「そのときの若い方のが、昨夜、銀座裏で逢った彼《あ》の男なのさ」帆村は、抽出《ひきだし》のなかから新しいホープの紙函《かみばこ》を
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