奮してその場に立ちあがろうとするのを、隣席の老人は笑いながら後から抱きついて止めた。
「呀《あ》ッ、これは女の身体だッ。女の身体だッ。おお、わしの身体を、何処へやった。わしの身体をかえせ!」
 女史は、裾《すそ》の乱《みだ》れるのも気がつかず、われとわが身を、かき※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》った。
「先生、合点《がてん》がゆかれましたか」曽我貞一が憎いほど落付いた態度で云った。「先生の身体は、もう亡くなっているのです。それは、先生の霊を生前《せいぜん》の世《よ》へお迎えするために使っている霊媒《メディウム》の御婦人の身体なのです。お判りですか」
「なに、霊媒《メディウム》? これはわしの魂が乗り移っている霊媒の婦人の肉体だというのか。ああ……」女史は頭をかかえて、其の場に俯《うつむ》いた。やがてその下から泣き声が洩《も》れてきた。獣《けだもの》の叫びごえに似た怪しい響をもった泣き声だった。
「ああ、いつの間にか、わしは死んでいた!」
 女史は、慨《なげ》きのあまりか、容易に身が起せないようであった。
「どうです。今日は、その辺で止《や》めておいては……」隣席の
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