の坂は、そのあたりから急に傾斜がひどくなって、足が自然に動かなくなる。そのうえに、路がだんだん泥濘《ぬか》ってきて、一歩力を入れてのぼると、二歩ズルズルと滑りおちるという風だった。それを傍《そば》の棒杭《ぼうぐい》に掴《つかま》ってやっと身体を支え、ハアハア息を切るのだった。気がついてあたりを見廻わすと、こわそも如何に、高野山《こうやさん》に紛《まぎ》れこんだのではないかと駭《おどろ》くほど、杉や欅《けやき》の老樹《ろうじゅ》が太い幹を重ねあって亭々《ていてい》と聳《そび》え、首をあげて天のある方角を仰いでも僅か一メートル四方の空も見えないのだった。そして急に冷《ひ》え冷《び》えとした山気《さんき》のようなものが、ゾッと脊筋《せすじ》に感じる。そのとき人は、その急坂《きゅうはん》に鼠の姿を見るだろう。その鼠は、あの敏捷《びんしょう》さをもってしても、このぬらぬらした急坂を駈けのぼることができないで、徒《いたずら》にあえいでいる――これが鼠坂《ねずみざか》という名のついたいわれであった。
 この坂の、のぼることも降りることも躊躇《ちゅうちょ》される、その中途に、さらに細い道が横に切ってあ
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