わきっぱら》をつついて置いてから例の男の上衣《うわぎ》から失敬したものを、卓子《テーブル》の下にソッと取り出した。
「なんだか、薬壜《くすりびん》のようだネ」万事《ばんじ》を了解《りょうかい》したらしい様子の帆村が、低声《こごえ》で云った。
「レッテルが貼ってある。ボラギノール」と私は辛《かろ》うじて、薬の名を読んだ。
「ボラギノールって、痔《じ》の薬じゃないか」
 帆村は、謎々《なぞなぞ》の新題《しんだい》にぶつかったような顔付をして、一寸《ちょっと》首を曲げた。
 そこへマリ子がバタバタ階段をあがってくる気配がしたので、私は帆村に、あとを聞いてみる余裕もなく、その薬壜をまた元のポケットに収《しま》いこんだ。


     2


 小石川《こいしかわ》の音羽《おとわ》に近く、鼠坂《ねずみざか》という有名な坂があった。その坂は、音羽の方から、小日向台町《こひなただいまち》の方へ向って、登り坂となっているのであるが、道幅が二メートルほどの至って狭い坂だった。登り口のところではそうでもないが、三丁ほど登ったところで、誰もがこの坂にかかったことを後悔するであろう。それというのが、この名うて
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