、ガラス管の前に石像のように固くなったままいつまでも生ける腸《はらわた》から目を放そうとはしなかった。
 食事も、尾籠な話であるが排泄も彼は極端に切りつめているようであった。ほんの一、二分でも、彼は生きている腸《はらわた》の前をはなれるのを好まなかった。
 そういう状態が、三日もつづいた。
 その揚句のことであった。
 彼は連日の緊張生活に疲れ切って、いつの間にか三脚椅子の上に眠りこんでいたらしく自分の高鼾にはっと目ざめた。室内はまっくらであった。
 彼は不吉な予感に襲われた。すぐと彼は椅子からとびおりて、電燈のスイッチをひねった。大切な、生ける腸《はらわた》が、もしや盗まれたのではないかと思ったからである。
「ふーん、まあよかった」
 腸《はらわた》の入ったガラス管は、あいかわらず天井からぶらさがっていた。
 だが彼は、間もなく悲鳴に似た叫び声をあげた。
「あっ、たいへんだ。腸《はらわた》が動いていない!」
 彼はどすんと床の上に大きな音をたてて、尻餅をついた。彼は気違いのように頭髪をかきむしった。真黒い嵐のような絶望!
「ま、待てよ――」
 彼はひとりで顔を赭らめて、立ちあがった。
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