大花瓶は、ちゃんと元のところに置くようにしてくださいね」
「だって大花瓶は、きょう壊してしまったんじゃありませんか」
「だから、至急あとの品を補充するといっているじゃありませんか」
「ああ、また新しい花瓶がくるのですか」
「貴女も案外噂ほどじゃないなあ」
光枝は、それが聞えないふりをして、
「そして先生が持っていらっしゃるの」
「そんなことは、貴女が心配しなくてもいいです」
「先生、それから……」
「頼んだことだけはやってください。もっと気をつけているんですよ。失敬」帆村は、はなはだ不機嫌で、ろくに光枝の言葉を聞こうともせず、向うへいってしまった。
光枝は、妙にさびしい気持をいだいて、お屋敷へかえった。そのさびしい気持は、やがて一種の劣等感と変った。
(果して自分は、帆村のいったように探偵眼が鈍くて、当然旦那様の居間に起っているはずの什器の位置変化に気がつかないのだろうか)
光枝は、旦那様の居間へはいっていった。旦那様は、そこにいらっしゃらなかった。どこにいかれたのであろうか。来客《らいきゃく》かもしれない。機会は今だと思った彼女は、あたりを見まわして、誰もいないことを確《たし》
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