にしましょう。――で、いまの返事は、どうなんですか。まさか貴女は、それについてなんにも気がつかないというわけではありますまい」帆村は、日頃の彼にも似合わず、妙に焦《あせ》り気味になっていた。
「そうですわねえ」と光枝はわざと間のびのした返事をして、帆村がじれるのを楽しみながら、「旦那様のお居間の什器《じゅうき》で、位置の変ったものといえば――」
「なんです、その位置の変ったものは?」
「木彫《きぼり》の日光《にっこう》の陽明門《ようめいもん》の額《がく》が、心持ち曲っていただけです」
「ふむ、やっぱりそうか。その外に変ったものがもう一つあるでしょう」
「いいえ、他にはなんにもありませんわ」
「いや、そんなことはない。きっと有る筈ですよ。それとも貴女の鈍《にぶ》い探偵眼《たんていがん》には映らないのかもしれない」
「まあ、――」と光枝は、むかむかとしたが、
「なんとでもおっしゃい。ですけれど、他にはなんにも変ったものはありませんのよ」
「そんな筈はないんだ。そこが一番大切なところなんだが――ちぇっ、仕方がない」と帆村は無念そうに唇を噛んで、「とにかく壊れた什器は、至急補充します。それから
前へ 次へ
全36ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング