と狼狽《ろうばい》なされるのであった。
 旦那様は、非常に無口の方であった。但しこれはあたらしい小間使の光枝に対してだけの話で、その他のお手伝いさんや使用人は、方言まじりの言葉で、こっぴどく叱《しか》りつけられていた。
 その夜のうちに、光枝は廊下のうえにコーヒー茶碗をおとして、がちゃんと割った。それが開業式《かいぎょうしき》だった。早速その夜のうちにこの仕事を始めておかなければ、その次の日になってやりだすには、ちとやりにくいだろうと思い、ともかくも一発だけはその夜のうちにやっておくことに決心したからであった。
 がちゃんと、たいへんな音がして、コーヒー茶碗の皿がたくさんの小片《こぎれ》に分れて、あたりに飛びちった。茶碗の方は、小憎《こにく》らしくも、把手《とって》が折れたばかりだった。
「な、な、な、なにをしおった?」と、居間から旦那様の叫喚《きょうかん》! つづいて廊下をずしんずしんと旦那様の巨躯《きょく》がこっちへ転がってくる気配がした。反対の方からは、雇人《やといにん》の一隊が、それというので駆けつける。これは茶碗が破《わ》れた音に愕いたというよりも、旦那様の怒声《どせい》に対
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