ら、まあ!」光枝は、自分でも後《あと》で恥《はず》かしいと思ったほど、頓狂《とんきょう》な声を出した。なぜといって、帆村がさしだした三枚の細長い写真には、表情たっぷりな光枝の半身像《はんしんぞう》が五六十個も連続的にうつっているのであった。それは正面と横とが同時にとれていた。よく見るとなんのこと、それは今しがたこの部屋に入って、この椅子に腰を下ろすときから始まって、終りのところは、すこし睡《ねむ》くなって口をあいて欠伸《あくび》をするところまで、いやにはっきりととれていたのであった。
「あら、まあ。あたくし、どうしましょう」風間光枝は、もう一度愕きの声を発した。
「きょう試験的に、この写真機を取付けてみたんです。ちょっと貴女《あなた》を材料に使ってみましたが、なかなかうまく撮《と》れる。一分間に六十枚まで撮れます。一つのレンズは、正面にあって、あの厚い辞書の中にあります。黒い紗《しゃ》のきれが前に貼ってあるから、こっちから見ても分りません。もう一つのレンズは、そのカレンダーの下の方に黒い波がありますが、そこに窓があいていて、扉の向うから撮るようになっている。いや案外簡単なものですよ」
 そういっただけで、帆村は光枝の表情の変化などについても一言も批評らしい口をきかなかった。それだけ光枝の方では、間が悪かった。
「先生は、お人がわるいんですのね」
「いや、どういたしまして。これが商売ですからね、そうじゃありませんか」帆村は、そういった後で、光枝の姿をじっと眺めていたが、やがて、
「ときに貴女は、なかなかいい身体をしていますね。うまそうな女というのは貴女のことだ。ちょっとこっちへいらっしゃい。誰も居ないから、大丈夫です」帆村はそういって、腰をうかすと、いきなり風間光枝の手首を握って、ひきよせた。
「まあ、先生」光枝は、愕きのあまり呼吸が停りそうになった。ここへ来る前、星野社長はわざわざ、帆村の潔癖《けっぺき》を保証したが、その話とはちがって、彼はとんでもない痴漢《ちかん》であった。六条子爵の場合よりも、もっともっと露骨《ろこつ》で下卑《げび》ている。光枝は、帆村と抗争《こうそう》しながら、そのとき脳裏《のうり》に電光の如く閃《ひらめ》いたものがあった。それは、傍《わき》の衝立《ついたて》の向うに、なにか手の放せない仕事をしているといった男のことを思い出したのだ。あの男は
前へ 次へ
全18ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング