什器破壊業事件
海野十三

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)女探偵《おんなたんてい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)絶対|出入差止《でいりさしと》め

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)旦那様はやま[#「やま」に傍点]を持っていらっしゃる
−−

   女探偵《おんなたんてい》の悒鬱《ゆううつ》


「離魂《りこん》の妻《つま》」事件で、検事六条子爵がさしのばしたあやしき情念燃ゆる手を、ともかくもきっぱりとふりきって帰京した風間光枝《かざまみつえ》だったけれど、さて元の孤独に立ちかえってみると、なんとはなく急に自分の身体が汗くさく感ぜられて、侘《わび》しかった。
「つよく生きることは、なんという苦しいことであろうか?」
 彼女は、日頃のつよさに似ず、どういうものかあれ以来急に気が弱くなってしまった。たったあれくらいのことで、急に気が弱くなってしまうというのも、所詮《しょせん》それは女に生れついたゆえであろうが、さりとは口惜《くちお》しいことであると、深夜ひそかに鏡の前で、つやつやした吾れと吾が腕をぎゅっとつねってみる光枝だった。
 彼女の急性悒鬱症《きゅうせいゆううつしょう》については、彼女の属する星野私立探偵所内でも、敏感《びんかん》な一同の話題にのぼらないわけはなかった。だが、余計な口を光枝に対してきこうものなら、たいへんなことになることが予《かね》て分っていたから、誰も彼も、一応知らぬ半兵衛《はんべえ》を極《き》めこんでいたことである。
 ところが、或る日――星野老所長は、風間光枝を自室へ呼んで、
「君はなにかい、帆村荘六《ほむらそうろく》という青年探偵のことを聞いたことがないかね」
 と、だしぬけの質問だった。
 帆村荘六――といえば、理学士という妙な畑から出て来た人物だ。それくらいのことなら光枝も知っているが、他はあまり深く知らない。そのことをいうと、老所長は、
「あの帆村荘六という奴は、わしと同郷《どうきょう》でな、ちょっと或る縁故《えんこ》でつながっている者だが、すこし変り者だ。その帆村から、若い女探偵の助力《じょりょく》を得たいことがあるから、誰か融通《ゆうずう》してくれといってきたんだ。どうだ、君ひとつ、行ってくれんか」
「はあ。どんな事件でございましょうか」
「いや、ど
次へ
全18ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング