けて、物を壊《こわ》すんです。さかんに壊すんです」
「あらまあ、どうしてでしょう」向うへいったら、さかんに物を壊せ、気をつけて物を壊せといわれて、光枝はひどく愕《おどろ》いた。どうも帆村のなすこと云うことは突飛《とっぴ》すぎて、常識ではついていけない気がする。
「コーヒー茶碗《ちゃわん》とか、花瓶《かびん》とか、灰皿とか、スタンドとか、そういったものを、あれっとか、あらっとかいいながら、じゃんじゃん下に墜《お》として壊してください」
「そんなことをすれば、私はすぐ馘《くび》になってしまいますわ」
「なあに大丈夫。貴女なら馘の心配はないから、どしどし壊してください」
「弁償《べんしょう》しなくていいのですか」
「弁償なんか、心配無用です。ただ心懸けておいてもらいたいのは、行ってから二三日以内に、本棚のうえにおいてある青磁色《せいじいろ》の大花瓶《おおかびん》を必ず壊すこと、これはぜひやってください。そしてその翌朝、貴女は自分でハガキを入れにポストまで持って出るんです。いいですか」
「大花瓶を壊すことは分りましたが、翌朝ハガキを投函《とうかん》にいくといって、なんのハガキをもって出るのですか」
「誰あてのでもいいですよ。――それから大事なことは、けっして女探偵だと悟《さと》られないように振舞《ふるま》ってください。ものを壊すにしても、良心にとがめるといったような菩提心《ぼだいしん》を出さないで、こんな壊れ物を扱わせるから壊れるんじゃないの……ぐらいの太々《ふてぶて》しさでやってください。なにしろすこしにぶい小間使らしく振舞ってください」と、帆村は自分の脳天《のうてん》に指をたてた。
「まあ、たいへん骨が折れますのねえ」
「まあ、そういわないで、やってください。主人公が何をいっても何をしても、例のすこしにぶい小間使の要領でいくんですよ」
「そんなことをして、どうしようというんですの。一体どんな事件なんですか。あたしにすこしぐらいお明《あ》かしになったっていいでしょう」
「ううん、それがいけない」と帆村は大きく頭をふり、
「そのように貴女が探偵気どりでいちゃいかんです。あとのことは僕がうまくやるから、貴女はなにも愕かないで筋書どおりやってください。どこまでも、うぶな娘さんのつもりでいてください」
「そして低脳ぶりを発揮《はっき》しろとおっしゃるんでしょう」そういって風間光枝
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