に傷をしているのですからね」老人は、かすかにうなずいた。
「さあ、これからどうしたらいいか。ぼく、山を下りて、誰かを呼んで来ますから、苦しいでしょうが、しばらくがまんしていて下さい」
 そういって春木は、老人のそばから立ち上って、ふもとへ走ろうとしたが、そのとき、老人が一声高く叫んだ。
「お待ち」
「えッ」
「そばへ来てください」
「なんですか。そんなに口をきくと、また血が出ますよ」
 春木は、老人のそばへ膝をついた。
「もう、もう、わしはだめだ。あんたの親切にお礼をしたいから、ぜひ受けて下さい。今、そのお礼の品物を出すから、ちょっと、横を向いて下され」
「お礼なんて、ぼくは、いいですよ。大したことはしないんだから」
「いや、わしはお礼をせずにはいられない。それにこのまま、わしが死んでしまえば、莫大《ばくだい》なる富の所在《ありか》を解《と》く者がいなくなる。ぜひあんたにゆずりたい。あんたは、何という名前かの」
 老人は、苦しそうにあえぎ、赤い泡をふき出しながら、少年に話しかける。その事柄は、真《まこと》か偽《いつわり》かはっきりしないが、とにかく重大なことだ。
「ぼくは、春木清《はるききよし》というのです」
「ハルキ・キヨシ。いい名前だな。ハルキ・キヨシ君に、わしは、わしの生命《いのち》の次に大切にしていたものをゆずる。キヨシ君。すまんがわしをもう一度、うつ向けにしておくれ」
 春木少年は、老人のいうとおりにした。
「キヨシ君。わしがいいというまで、ちょっと横を向いていておくれ」
 老人は、へんなことをいった。しかし少年は、いわれるとおりにした。
 老人は、ふるえる手を、自分の目のところへ持っていった。それから彼は、指先で右の目のところをもんでいた。そのうちに、老人の指先には、白い球《たま》がつまみあげられていた。卵大《たまごだい》ではあるが、卵ではなく、一方に黒い斑点《はんてん》がついていた。
 義眼《ぎがん》であった。老人の右の目にはいっていた入れ目であった。
「さ。これをキヨシ君に進呈《しんてい》する」
 老人は、気味のわるい贈物を、春木少年の方へさしだした。
 なんということであろう。老人は気が変になったのであろうか。
 春木少年は、まさか義眼とも思わず、それを卵か石かと思って受取った。


   もらった義眼《ぎがん》


「これは何ですか。これはどんな値打《ねうち》のあるものですか」
 少年は、老人の義眼を、手のひらの上でころがしてみながら、不審《ふしん》がった。
 そのとき滝のひびきの中に、別の物音がはいって来た。ぶーンと、機械的な音であった。春木少年はまだ気がついていなかったが、老人の方が気がついて、びっくりした。
「おお、キヨシ君。悪い奴《やつ》がこっちへ来る。あんたは、早くそれを持って、洞穴《ほらあな》か、岩かげかに早くかくれるんだ。早く、早く。いそがないと間にあわない。そして、空から絶対にあんたの姿が見られないように、気をつけるんだ。さあ。早く……」
「どうしたんですか。そんなにあわてて……」
「わしを殺そうとした悪者《わるもの》の一派が、ここへやって来るのだ。あんたの姿を見れば、あんたにも危害《きがい》を加えるだろう。よくおぼえているがいい。悪者どもが、ここを去るまでは、あんたは姿を見せてはならない。身体を動かしてはならない。あんたは今、わしからゆずられた大切な品物を持っているということを忘れないように。さ、早くかくれておくれ」
 老人は、気が変になったように、わめきつづける。
 春木少年は、重傷の老人がこの上あんな声を出していたら、死期《しき》を早めるだろうと思った。だから早く老人のいうとおり、岩かげかどっかへかくれるのが、老人のためになると思って、立ち上った。
 が、老人にたずねなくてはならないことが、たくさんあった。
「この卵みたいなものをどうすればいいんですか」
「な、中をあけてみなさい。早くかくれるんだ。だんだん空から近づくあの音が聞えないのか。早く、早く」
 そういわれて春木少年は気がついた。頭の上からおしつけるような、ごうごうたる物音がしている。でも、もう一つ老人に聞いておかねばならないことがあった。
「おじさん。おじさんの名前は、なんというのですか」
「まだ、そこにぐずぐずしているのか」
 重傷の老人は腹立たしそうに叫んだ。
「わしの名はトグラだ」
「トグラですか」
「戸倉八十丸《とぐらやそまる》だ。早くかくれろ。一刻《いっこく》も早く! さもなきゃ、生命《いのち》がない。世界的な宝もうばわれる。早く穴の中へ、とびこめ。あのへんに穴がある。だが、気をつけて……」
 老人の声は、泣き叫んでいるようだ。
 春木は、今はこれ以上、老人をなやませては悪いと思った。そこで、瀕死《ひんし》の老人の
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