指《さ》した方向へ走った。大きな岩が出ていた。滝つぼとは反対の方だ。
 彼が、岩のかげにとびこんだとき、頭上にびっくりするほど大きいものが、まい下《くだ》ってきた。
 ヘリコプターだった。竹とんぼのような形をした大きな水平にまわるプロペラを持ち、そして別にもう一つ小さなプロペラをつけた竹とんぼ式飛行機だった。
 ヘリコプターは、宙に浮いたように前進を停止し、上下に自由に上ったり、下ったりできる飛行機である。だから、滑走場《かっそうじょう》がなくても飛びあがることができ、またせまい屋上《おくじょう》へ下りることもできる。
 そのようなヘリコプターが、夕闇《ゆうやみ》がうすくかかって来た空から、とつぜんまい下りて来たので、春木少年はおどろいた。
 なぜであろう。ヘリコプターが、なに用あってまい下りてくるのであろう。
 戸倉老人が、恐怖していたのは、そのヘリコプターであろうか。
 春木少年は岩かげにしゃがんで、この場の様子《ようす》をうかがった。ヘリコプターは、垂直《すいちょく》に下ってきた。
 と、ぱっとあたりが昼間のように明るくなった。ヘリコプターが探照灯《たんしょうとう》を、地上へ向けて照らしつけたのだ。
「あッ」春木少年は、岩にしがみついた。
 ぎらぎらと、強い光が、春木少年の左の肩を照らしつけた。
 少年は、なんとはなしに危険を感じ、しずかに身体を右の方へ動かして、ヘリコプターの探照灯からのがれようとした。
 しかし探照灯は追いかけて来るようであった。
 春木は、岩にぴったりと寄りそったまま、身体を右の方へ移動していった。
 すると、彼はとつぜん身体の中心を失った。右足で踏んでいた土がくずれ、足を踏みはずしたのだった。そこには草にかくれた穴があった。身体がぐらりと右へ傾《かたむ》く。「あッ」という間もなく、彼の身体は穴の中へ落ちこんだ。両手をのばして、岩をつかもうとしたが、だめだった。
 少年の身体は、深く下に落ちていって、やがて底にたたきつけられた。それは、わりあいにやわらかい土であったが、彼はお尻《しり》をしたたかにぶっつけ、「うン」と呻《うな》り声をあげると、気を失った。
 気を失った少年のそばに、戸倉老人がゆずり渡した疑問の義眼が一つころがっていた。そして義眼の瞳《ひとみ》は、まるで視力があるかのように、上に丸く開いている空を凝視《ぎょうし》していた。


   空中|放《はな》れ業《わざ》


 穴の中に落ちこみ、気を失ってしまった春木少年は、その直後に起った地上の大活劇《だいかつげき》を見ることができなかった。
 まったく、彼の思いもかけなかったような活劇の幕が、そのとき切って落されたのであった。
 ヘリコプターから、とつぜん、だだだだッ、だだだだッと、はげしい機関銃が鳴りだした。弾丸《たま》は、戸倉老人の倒れている身辺《しんぺん》へ、雨のように降りそそいだ。弾丸が地上に達して石にあたると、ぴかぴかッと火花が光り、それが夕暮のうす闇の中に、生き物のようにおどった。だが、弾丸は、戸倉老人のまわりに落ちるだけで、老人の身体は突き刺さなかった。
「うわッ、なんだろう」滝つぼの正面の道路の上に、少年の姿があらわれた。春木ではなかった。牛丸少年であった。彼はようやく生駒《いこま》の滝《たき》の前に今ついたのであった。彼にはまだこの場の事態《じたい》がのみこめていなかった。だから身の危険を感じることもなく、道のまん中に棒立ちになって、火花のおどりを、いぶかしく眺《なが》めたのであった。
 が、一瞬ののち、彼は戸倉老人の倒れている姿を認めた。また、つづいて起った銃声のすさまじさによって、はっと身の危険を感じた。
「あ、あぶない」牛丸少年は、身をひるがえすと、かたわらの大きな柿《かき》の木に、するするとのぼった。牛丸は、木登りが得意中の得意だった。だから前後の考えもなく、柿の木なんかによじ登ったのである。それは、彼のために、幸福なことではなかった。
 そのときヘリコプターは、戸倉老人のま上まできた。胴《どう》の底に穴があいて、そこから一本のロープがゆれながら、まい下ってきた。
 すると、ロープを伝わって、一人の男がするすると下りてきた。そのときロープの先は地上についていた。その男は、カーキ色の作業衣《さぎょうい》に身をかためた男だった。その男も倒れている戸倉老人も共に探照灯の光の中にあった。
 老人は、死んでしまったように、動かない。
 牛丸少年は、柿の枝につかまって、この有様をびっくりして眺めている。
 作業衣の男は、ついに地上に足をつけた。ロープを放して、戸倉老人の方へ走りよった。そして膝をついて老人の身体をしらべだした。彼のために、老人は二三度身体を上向きに又下向きにひっくりかえされた。
 しばらくすると、作業衣の男は立
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