少年探偵長
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)春木《はるき》少年
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)空中|放《はな》れ業《わざ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
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怪事件の第一ページ
まさか、その日、この大事件の第一ページであるとは春木《はるき》少年は知らなかった。あとからいろいろ思い出してみると、その日は、運命の大きな力が、春木清《はるききよし》をぐんぐんそこへひっぱりこんだとも思われる。
ふしぎな偶然《ぐうぜん》の出来事が、ふしぎにいくつも重なって起ったような感じだが、それもみんな、清少年の運命であったにちがいないのだ。
奇々怪々《ききかいかい》なるその大事件は、第一ページにあたるその日において、ほんのちょっぴり、その切口《きりくち》を見せただけであった。もし春木少年が、そのときにこの事件の大きさ、深さ、ものすごさ、おそろしさを半分ぐらいでも見とおすことができたなら、彼はこの事件に関係することをあきらめたであろう。それほどこの事件は、大じかけの恐怖事件《きょうふじけん》であって、とても少年の身では歯がたたないばかりか、大危険《だいきけん》にまきこまれることは分りきっていたのである。
まあ、前《まえ》おきのことばは、このくらいにしておいて春木少年がその事件の第一ページの上に、どういう工合《ぐあい》にして、足を踏みこんだか、それについて語ろう。
その日、春木少年は、この間から学校で仲よしになった同級生の牛丸平太郎《うしまるへいたろう》という身体《からだ》の大きな少年といっしょに、日曜を利用した山登りをやっていたのである。その山登りというのは、芝原水源地《しばはらすいげんち》の奥にあるカンヌキ山の頂上まで登ることであった。
春木少年が、この町へ来たのは、ほんの一カ月ほど前のことであった。その前、彼は東京にいた。この町は関西の港町だ。
くわしいことは、いずれ後でのべる時があるから、ここには説明しないが、春木少年は、家の事情によって、とつぜんこの港町の伯母《おば》さんの家へあずけられたのであった。そして清は、近くの雪見《ゆきみ》中学校へ転校入学したのだった。彼は三年生だった。
一時はずいぶんさびしい思いもしたが、清はこの頃ではすっかりなれてしまった。そして学校にも牛丸君のような愉快な友だちができるし、それから又港町のうしろにつらなっている連山《れんざん》の奥ふかく遊びにいく楽しみを発見して、ひまがあれば山の中を歩きまわった。
その日、清は、牛丸の平《へい》ちゃんと連立《つれだ》って、おひるごろカンヌキ山の頂上にたどりついた。そこで弁当をたべ、それからそこらにある荒れ寺の境内《けいだい》でさんざん遊び、それから午後三時ごろになって、二人は帰途《きと》についた。
秋の日は、六時頃にはもうとっぷり暮れるので、午後三時に頂上を出ると、麓《ふもと》へ出て町へはいるときは、町にも港にも灯《ひ》がいっぱいついているはず、すこし山の上で遊びすぎておそくなった。
そこで二人は、競走をして、山を下りることにした。
カンヌキ山を下りて、芝原水源地に近くなったところに、渓流《けいりゅう》にうつくしい滝がかっているところがある。この滝の名は、イコマの滝というんだそうだ。文字はたぶん生駒《いこま》の滝《たき》と書くのであろう。
カンヌキ山から出ている下り道が二つあった。東道と西道だ。この二つの道は、生駒の滝のすこし手前で出会い、いっしょになる。そこで春木少年と牛丸少年は、べつべつの道をとってどっちが早く生駒の滝につくか、その滝の前で出会う約束で、競走をはじめたのだった。
「ぼくは、だんぜん東道の方が早いと思うね。ぼくは東道ときめた」牛丸少年はそういった。
「そうかなあ。じゃあ、ぼくは西道をかけ下りて、君より早く、滝の前についてみせる」
春木少年は、牛丸が東道をえらんだものだから、やむなく西道を下りることにしたのだった。この決定が、春木少年を例の事件にぶつからせることになった。もしこの時反対に、牛丸少年が西道をえらんだら、牛丸の方が怪事件にぶつかったことであろう。
二人は、一《い》チ二《に》イ三《さ》ンで、左右へ別れて、山を下りはじめた。
秋の日は、まだかんかん照っていた。しかしだいぶん低くなっていた。
春木少年の方は、口笛を吹きながら、手製《てせい》の杖《つえ》をふりまわしつつ、どんどん山を下りていった。すこし心細くないでもなかったが、ときどき山の端《は》からはるか下界《げかい》の海や町が見えるので、そのたびに彼は元気をとりもどした。
二時間ばかり後に、彼はついに生駒の滝の音が聞える近くにまで来た。
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