いではいられないほどの、重大な意味を持っていた。その重大なるできごとは、今、彼らの目の前でくりひろげられようとしているのだ。
「おい、戸倉。きさまの生命《いのち》を拾って、ここへ連れてきてやるまでには、三人の生命がぎせいになっているのだぞ。きさまを救うためにきさまを襲撃した二人連れのらんぼう者を撃《う》ち倒《たお》したのは、わしの部下だった。可哀《かわい》そうに自分も撃たれて生命を失った。死ぬ前に、彼は携帯用《けいたいよう》無電機でその場のことをくわしくわしのところへ報告してきた。報告が終ると彼は死んだのだ。いい部下を、きさまのために失ってしまった。わしは、きさまから十分な償いを受けたい」
「私だって、ひどめ目に[#「ひどめ目に」はママ]あっている。おたがいさまだ」
 戸倉老人が、はじめて口をきいた。軽蔑《けいべつ》をこめた語調《ごちょう》だ。
「ふん。なんとでもいうがいい」頭目四馬は軽くうけ流すと、一歩前進した。「そこでわしは取引を完了したい。おい、戸倉。きさまが持っている黄金《おうごん》の三日月《みかづき》を、こっちへ渡してしまえ」
 四馬がずばりと戸倉老人に叩《たた》きつけたことば! それはあの黄金メダルの片われを要求しているのだった。
「なにが欲しいんだか、私にはちんぷんかんぷんだ」
 老人は、いよいよ軽蔑をこめていう。
「こいつが、こいつが……。きさまが黄金の三日月を知らないことがあるか。きさまが持っていることは、ちゃんと種《たね》があがっているんだ。早く渡してしまった方が、とくだぞ」
「わしはそんなものは知らない。もちろん、持ってはいない。いくどきかれても、そういうほかない」
 戸倉老人の語調は、すこし乱れてきた。机博士はうしろで注射薬のアンプルを切る。
「知らないとはいわせない。では、これを見よ」
 四馬は、とつぜん右手で長い左の袖をまくりあげた。左の手首があらわれた。そのおや指とひとさし指との間に支えられて、ぴかりと光る小さな半月形《はんげつがた》のものがあった。例の黄金メダルの片われであった。しかしこれは春木少年が今持っているあの片われとは形がちがっていた。
 つまり、春木少年の持っているのは、片われにちがいないが、半分よりすこし大きく、メダルの中心から角をはかると、百八十度よりも二十度ばかり大きい。今、四馬が指の先につまんで見せたのは、半分より小さいもので扇形《おうぎがた》をしている。
 それを頭目は戸倉の前へつきつけた。
「どうだ。これが見えないか」
「あッそれだ。や、汝《なんじ》が持っていたのか。ちえッ」
 戸倉老人は、かん高い声で叫ぶと、手を延《の》ばそうとした。しかし手足は、椅子車に厳重にしばりつけられてあって、手を延ばすどころではない。彼は残念がって、かッと口をあくと、頭目のさしだしている黄金メダルを目がけて、かみついた。
「おっと、らんぼうしては困る。はっはっはっ」
 頭目は、あやういところで、手を引いた。
「はっはっはっ。これが欲しいんだな。きさまにくれてやらないでもないが、その前に、きさまが持っている他の半分をこっちへだせ。一週間あずかったら、両方とも、きれいにきさまに返してやる。どうだ、いい条件だろうが。うんといえ」
 このとき戸倉は、ぐったりとして、頭を椅子の背につけた。目をむいているのか、目をとじているのか、それは茶色の眼鏡にさえぎられて分らないが、彼の両肩がはげしく息をついているところを見ると、戸倉老人は今なんともいえない悪い気持になって苦しんでいるものと思われる。もちろん、彼は頭目の話しかけに、一度もこたえない。
「黙っていては、わからんじゃないか。わしは早い取引を希望しているのだ。おい、戸倉。きさまが黄金三日月をかくしている場所をわしが知らないとでも思うのかい」
 それを聞いて戸倉老人は、ぎょっと身体をかたくした。
「ははは。今さらあわててもだめだ。わしは気が短い。欲しいものは、さっそく手に入れる。まず、これから外《はず》して……」
 四馬の手が、つと延びた。と思うと、戸倉老人がかけていた茶色の眼鏡が、頭目の手の中にあった。眼鏡をもぎとられた老人の蒼白《そうはく》な顔。両眼は、かたくとじ、唇がわなわなとふるえている。
「ふふふ。きさまがおとなしくしていれば、わしは乱暴をはたらくつもりはない。そこでわしが用のあるのは、きさまが目の穴に入れてある義眼《ぎがん》だ。それを渡してもらおう」
「許さぬ。そんなことは許さぬ。悪魔め」
 老人は大あばれにあばれたいらしいが、手足のいましめは、ぎゅっとおさえつける。
 四馬はそれを冷やかに見下して、
「ええと、きさまの義眼はたしか右の方だったな。おい、みんなきて、戸倉の頭を、椅子の背におしつけていろ」
 木戸や波や、その他の部下が戸倉にとびついて
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