った。
「電気の用意ができました」
 部下の合図があった。博士は再びヘリコプターの座席へもぐりこんだ。


   男装《だんそう》の頭目《とうもく》


 それにつづく同じ夜、正確に時刻をいうと、午前二時を五分ばかりまわった時であった。
 この六天山塞《ろくてんさんさい》の指揮権を持っている頭目の四馬剣尺《しばけんじゃく》は重傷の戸倉老人と会見することになった。
 戸倉老人は、車がついている椅子《いす》にしっかりゆわきつけられたまま、四馬頭目の待っている特別室へ運ばれこまれた。そのそばには机博士が、風に吹かれている電柱のようなかっこうで、つきそっていた。
 頭目は、ゆったりと椅子から立ちあがり、カーテンをおし分けて、戸倉老人の方へ歩みよった。
 彼の風体《ふうてい》は、異様であった。
 四馬剣尺は、六尺に近いほどの長身であった。そしてうんと肥《こ》えていたので、横綱にしてもはずかしくないほどの体格だった。彼はそのりっぱな身体を長い裾《すそ》を持った中国服に包んでいた。彼の両手は、長い袖《そで》の中にかくれて見えなかった。
 その中国服には、金色の大きな竜《りゅう》が、美しく刺繍《ししゅう》してあった。見るからに、頭が下るほどのすばらしい模様であった。
 四馬剣尺の顔は見えなかった。
 それは彼が、頭の上に大きな笠形の冠《かんむり》をかぶっていたからで、その冠のまわりのふちからは、黒い紗《しゃ》で作った三重の幕が下りていて、あごの先がほんのちょっぴり見えるだけで、顔はすっかり幕で隠れていた。
「おい、戸倉。今夜は早いところ、話をつけようじゃないか」頭目四馬は、おさえつけるような太い声で戸倉老人にいった。
 戸倉は、青い顔をして、椅子車《いすぐるま》の背に頭をもたせかけ、黙りこくっていた。死んでしまったのか、睡っているのか、彼の眼は、茶色の眼鏡の奥に隠れていて、あいているのか、ふさいでいるのか分らないから、判断のつけようがない。
「おい、返事をしないか。今夜は早く話をつけてやろうと、こっちは好意を示しているのに、返事をしないとは、けしからん」
 そういって四馬は、長い袖をのばすと、戸倉の肩をつかんで揺《ゆす》ぶろうとした。
「おっと待った、頭目」と、とつぜん停めた者がある。机博士であった。彼は、頭目の前へ進みでた。
「頭目。あんたから、わが輩《はい》が預っているこの怪我人は、奇蹟的《きせきてき》に生きているんですぞ。手荒なことをして、この老ぼれが急に死んでしまっても、わが輩は責任をおわんですぞ。一言おことわりしておく次第である」
 机博士は、俳優のように身ぶりも大げさに、戸倉老人が衰弱しきっていることを伝えた。
「ちかごろ君の手術の腕前もにぶったと見える」
「肺臓の半分はめちゃめちゃだった。それを切り取ってそのかわりに一時、人工肺臓を接続してある。当人が、自分の手で人工肺臓を外すと、たちまち死んでしまう。つまり自殺に成功するわけだ。だからこのとおり椅子にしばりつけてあるわけだ。当人があばれん坊だからしばりつけてあるわけではない。以上、責任者として御注意しておきます」
 と、机博士は手を振り足を動かし、ひびのはいったガラスのコップのような戸倉老人の健康状態を説明すると、うやうやしく頭目に一礼して、椅子車のうしろへ下った。
「博士。しかしこの老ぼれは、喋《しゃべ》れないわけじゃなかろう」
「ここへ担ぎこまれたときは、血のあぶくをごぼごぼ口からふきだして、お喋りは不可能だった。が、今手当をしたから、発声はできます。もっとも当人が喋る気にならないと喋らないでしょうが、それはわが輩の仕事の範囲ではない」
 戸倉老人に返事をさせるか、させないかは、頭目、あんたの腕次第だよ――と、いわないばかりだった。
「ふん」頭目は、つんと首をたてた。「わしは知りたいと思ったことを知るだけだ。相手が柿の木であろうと、人間であろうと、太陽であろうと、返事をさせないではおかぬ。それに、このごろわしは気が短くなって、相手がぐずぐずしていると、相手の口の中へ手をつっこんで、舌を動かして喋らせたくなるんだ。すこしらんぼうだが、気が短いんだからしようがない」
 机博士も木戸も、その他の幹部たちも、おたがいの顔を見合した。頭目がそんなことをいうときには頭目はきっとすごいことをやって、部下たちをびっくりさせるのが例だった。その前に、頭目は、しっかりとした計画をたてておく。それからそれに向ってぐんぐん進めるのだった。だから、成功しないことはなかった。らんぼう者のように見えながら、その実はどこまでも心をこまかく使い、抜け目のないことをする頭目だった。部下たちが、頭目に頭が上らないのも、そこに原因があった。
 はたして、その夜のできごとは、後日になって部下たちがたびたび思いださな
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