それは大仕掛な動く滑走路《かっそうろ》であった。細長い鉄片を組立ててこしらえた幅五メートルの滑走路で、動力によってこれはベルト式|運搬機《うんぱんき》のように横にすべって動いていく。そうしてヘリコプターは、山腹《さんぷく》にあけられた大きな洞門《どうもん》の中へ吸いこまれてしまった。
それから間もなく、動く滑走路は停《とま》った。そしてうしろの洞穴のあたりで、がらがらと鉄扉のしまる音が聞えた。
その音がしなくなると、とつぜんぱっと眩《まぶ》しい光線がヘリコプターの上から照らしつけた。洞門の中の様子が、その瞬間に、はっきりと見えるようになった。そこは建築したばかりの大工場で、この一棟《ひとむね》へはいった。土くれの匂いなどはなく、芳香を放つ脂《あぶら》の匂いがあった。そして壁も天井も明るく黄いろく塗られて、頑丈《がんじょう》に見えた。ただ床だけは、迷彩《めいさい》をほどこした鋼材《こうざい》の動く滑走路がまん中をつらぬいているので、異様な気分をあおりたてる。
ばたばたと、ヘリコプターをかこんだ五六名の腕ぷしの強そうな男たちは、ピストルや軽機銃《けいきじゅう》をかまえてヘリコプターの搭乗者《とうじょうしゃ》へ警戒の目を光らせる。彼らの服装は、まちまちであり、背広があったり、作業衣であったりした。
すると機胴《きどう》の扉があいて、一人の長髪の男が顔をだした。彼は手を振って、
「大丈夫だ。奴《やっこ》さんはもうあばれる力なんかないよ」
といった。この男は、生駒《いこま》の滝《たき》の前で、縄ばしご伝いにヘリコプターから下りてきて、戸倉老人を拾いあげた男だった。波立二《なみたつじ》といって、この山塞では、にらみのきく人物だった。
そのとき、奥から中年の男が駆けだしてきて、波立二に声をかけた。
「おい。戸倉はまだ生きているか。心臓の音を聴いてみてくれ」心配そうな顔だった。
「脈はよくありませんよ。でもまだ生きています」
「新しく傷を負わせたのじゃなかろうね。そうだったら、頭目《とうもく》のきげんが悪くなるぜ」
「ふん、木戸《きど》さん、心配なしだよ。おれがそんなへまをやると思いますか。射撃にかけては――」
「そんならいいんだ。担架《たんか》を持ってくるから、そのままにしておいてくれ」
木戸とよばれた中年の男は、ほっとした面持《おももち》になって、うしろを振返った。担架をかついだ一隊が、停ったエレベーターからぞろぞろとでてくるのが見えた。
その中に、ひとりいやに背の高い人物が交《まじ》っていた。首が長くて、ほんとに鶴《つる》のようである。顔は凸凹《でこぼこ》がはげしくて岩を見るようで、鼻が三角錐《さんかくすい》のようにとがって前へとびだしている。もうひとつとびだしているのは、太い眉毛《まゆげ》の下の大きな両眼だ。鼻の下には、うすい髭《ひげ》がはえている。かますの乾物のように、やせ細っている彼。そして背広の上に、まっ白の上っぱりを長々と着て、大股《おおまた》ですたすたとやって来、ものもいわずにヘリコプターの上へ登ってはいった。
彼は、すぐでてきた。そして木戸の前に立って、ものいいたげに相手を見下ろした。
「どうだね、机《つくえ》博士」木戸は、さいそくするように、机博士の小さく見える顔を仰いだ。
「ふむ、頭目の幸運てえものさ。このおれ以外の如何《いか》なる名医にかけても、あの怪我人《けがにん》はあと一時間と生命がもたないね」
机博士は、表情のない顔で、自信のあることばをいい切った。
「ほう、助かるか」木戸は顔を赤くした。
「ではすぐ手当をしてもらうんだ。頭目は、すぐにも戸倉をひき寄せて、話をしたいんだろうが、いったいこれから何時間後に、それができるかね」
「世間並《せけんなみ》にいえば、三週間だよ」
「君の引受けてくれる時間だけ聞けばいいんだ」
「この机博士が処置をするなら今から六時間後だ。それなら引受ける」
「よし、それで頼む。頭目に報告しておくから」
「今から六時間以内は、どんなことがあってもだめ。一語も聞けないといっておいてくれたまえ。銃弾《たま》は際《きわ》どいところで、心臓を外れているが、肺はめちゃめちゃだ。ものをいえば、血とあぶくがぶくぶく吹きでる。普通ならすでに、この世の者ではないさ。しかし奴さん、うまい工合に傷の箇所《かしょ》に、血どめのガーゼ――ガーゼじゃないが、きれを突込《つっこ》んで、器用にその上を巻いてある。奴さんにとっては、これはうちの頭目以上の幸運だったんだ」
博士はひとりで喋《しゃべ》った。
「手術はここでするから、医局員でない者はどこかへ行ってもらいたいね」
「え、ここでするのか、机博士」
「そうさ。どうして、この重態の病人を、動かせるものかね。狭くても、しようがないやね」
と、博士はい
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