ちくりした。
「おや。中になにかはいっているぞ。ああそうか。あれなんだな。あのおじさんのいったことは嘘《うそ》でないらしい」
 莫大《ばくだい》なる富だ。世界的の宝だ。いったいそれは何であろうか。
 春木少年は、手をのばして、二つに割れた戸倉老人の義眼を手にとって調べた。
「ああ、こんなものがはいっている」
 義眼の中には、絹《きぬ》のようなきれで包んだものがはいっていた。中には、なにかかたいものがある。
 絹のきれをあけると、中から出て来たのは半月形《はんげつけい》の平ったい金属板だった。かなり重い。そして夜目にもぴかぴかと黄いろく光っている。そしてその上には、うすく浮彫《うきぼり》になって、横を向いた人の顔が彫《ほ》りつけてあり、そのまわりには、鎖《くさり》と錨《いかり》がついていた。裏をかえしてみると、そこには妙な文字のようなものが横書《よこがき》になって数行、彫りつけてあった。しかしそれがどこの国の文字だか、見たことのないものだった。古代文字《こだいもんじ》というよりも、むしろ音符号《おんふごう》のようであった。
「金貨の半分みたいだが、こんな大きな金貨があるんだろうか。とにかく妙なものだ。いったいこれは何だろうか」
 と、彼はそのぴかぴか光る二つに割られた黄金のメダルを、ふしぎそうに火にかざして、いくどもいくども見直した。
「字は読めないし、それに半分じゃ、しようがないが、これでもあのおじさんがいったように、これが世界的な莫大な富と関係があるものかなあ」
 せっかくもらったが、これでは春木少年にとってちんぷんかんぷんで、わけが分らなかった。
 さあ、どういうことになるか。
 そのとき、一陣の山風がさっと吹きこんできて、枯葉がまい、焚火の焔が横にふきつけられて、ぱちぱちと鳴った。すると少年のすぐ前で、ぼーッと燃え出したものがある。
「あっ、しまった」
 それは、この半月形の黄金メダルを包んであった絹のきれだった。それには文字《もんじ》が書いてあることがそのとき始めて春木少年の注意をひいたのである。火は、その絹のハンカチーフみたいなものを、ひとなめにして焼きつくそうとしている。少年は、驚いて、火の中へ手をつっこみ、燃える絹のきれをとりだすと、靴でふみつけた。
 火はようやく消えた。
「やれやれ。もちっとで全部焼いてしまうところだった」
 焼け残ったのはその絹のハンカチーフの半分よりすこし小さい部分だった。それにはこまかく日本文字が書いてあった。少年は、その文字を拾って読み出したが、なにしろ半分ばかりが焼けてしまったので、その文字はつながらなかった。
 だが、少年は読めるだけの文字を拾っていた。が、急に彼は顔をこわばらせると、
「ああ、これはたいへんなものだ」と叫んだ。にわかに彼の身体はぶるぶるとふるえだして、とまらなかった。
 なぜであろうか。
 いったいその焼けのこりの絹のきれは、どんなことが書いてあったろうか。そして半月形の黄金のメダルこそ、いかなる秘密を、かくしているのだろうか。
 深山《しんざん》には、にわかに風が出て来た。焚火の火の子が暗い空にまいあがる。


   六天山塞《ろくてんさんさい》


 さて、戸倉老人をさらっていったヘリコプターはどこへ飛び去ったか。
 ヘリコプターは、暮色《ぼしょく》に包まれた山々の上すれすれに、あるときは北へ、あるときは東へ、またあるときは西へと、奇妙な針路をとって、だんだんと、奥山へはいりこんだ。
 約一時間飛んでからそのヘリコプターは、闇の中をしずしずと下降し、やがて、ぴったりと着陸した。
 その場所は、どういう景色のところで、その飛行場はどんな地形になっているのか、それは肉眼《にくがん》では見えなかった。なにしろ、日はとっぷり暮れ、黒白も見わけられぬほどの闇の夜だったから。ただ、銀河ばかりが、ほの明るく、頭上を流れていた。
 このヘリコプターには、精巧なレーダー装置がついていたから、その着陸場を探し求めて、無事に暗夜《あんや》の着陸をやりとげることは、わけのないことだった。レーダー装置は、超短電波を使って、地形をさぐったり、高度を測ったり、目標との距離をだしたりする器械で、夜間には飛行機の目としてたいへん役立つものだ。
 こうしてヘリコプターは無事着陸した。しかもまちがいなく六天山塞へもどって来たのである。
 六天山塞とは、何であるか?
 この山塞について、ここにくわしい話をのべるのは、ひかえよう。それよりも、ヘリコプターのあとについていって、山塞のもようを綴《つづ》った方がいいであろう。
 そのヘリコプターが無事着陸すると、操縦席から青い信号灯がうちふられた。
 すると、ごおーッという音がして、大地が動きだした。ヘリコプターをのせたまま、大地は横にすべっていった。
 
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