ひとたちが、ヘクザ館の内部を参観《さんかん》したいとおっしゃる。おまえ御苦労《ごくろう》でも、案内してあげなさい」
「は、承知《しょうち》しました」
 長年日本に住みなれているだけあって、ヘクザ館に住む僧侶たちは、みんな日本語が上手であった。
「では、皆さん、私についておいで下さい」
「いや、どうも有難うございます」
 むろん、この中学生の一行というのは、戸倉老人に秋吉警部、それから少年探偵団の同志五人である。みんなてんでに、スケッチブックやカメラなどをたずさえているが、かれらの真の目的が、写生や撮影にあるのではなく、館内の様子《ようす》偵察《ていさつ》にあることはいうまでもない。
 古びて、ぼろぼろに朽《く》ち果《は》てた館内をひととおり見終ると、やがて若い僧侶ロザリオは、一行をヘクザの塔に案内した。この塔こそはヘクザ館の名物で、山岳地帯にそびえる古塔は、森林のなかに屹立《きつりつ》して、十里四方から望見《ぼうけん》されるという。
「おお、なるほど、これはよい見晴《みはら》しですな」
 塔のてっぺんにのぼったとき、老教授に扮《ふん》した戸倉老人は、眼下を見下ろし、思わず感嘆《かんたん》の呟《つぶや》きをもらした。
 いかにもそれは、世にも見事な眺めであった。東を見れば、大阪湾をへだてて紀伊《きい》半島が、西を見れば海峡《かいきょう》をへだてて四国の山々、更に瀬戸内海《せとないかい》にうかぶ島々が、手にとるように見渡せるのである。
「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の聖骨《せいこつ》も、この塔のなかにおさめてあるのでございます。あれ、ごらんなさいませ。あの壇《だん》のうえにおさめてあるのが、その聖骨の壺《つぼ》でございます」
 と、見れば円型《えんけい》をなした室内の正面には、大きな十字架をかけた翕《きゅう》があり、その翕のまえには、聖壇《せいだん》がつくってあり、その聖壇のうえに黄金の壺がおいてある。そして、その黄金の壺の左右には、これまた黄金でつくった二匹の鰐魚《がくぎょ》が、あたかも聖骨を守るがごとく、うずくまっているのである。
 戸倉老人はそれをみると、ふと、黄金メダルの半ペラに書かれた文字を思いだした。
 わが秘密を……とする者はいさ……人して仲よく……り聖骨を守る……のあとに現われ……(以下略)
 もう一方の半ペラがないから、完全な意味はわからないが、聖骨を守る……という言葉があるからには、黄金メダルに書かれた文句は、この塔内の、この一室を指《さ》しているのではあるまいか。
 そうなのだ!
 それにちがいないのだ。しかし、そうはわかっても、黄金メダルの他の半ペラのない悲しさは、それ以上の謎《なぞ》は解きようもない。それはさておき、館内の見物に手間どっているうちに、すっかり日が暮れて、雨さえポツポツ降ってきた。まえにもいったとおり、ヘクザ館は人里《ひとざと》離《はな》れた山岳地帯にあるのだから、こうなっては、辞去《じきょ》することもできないのである。一行は途方《とほう》にくれた面持《おもも》ちをしていると、親切な老院長が、一晩泊っておいでなさいとすすめてくれた。そして、粗末《そまつ》ながらも、夜食をふるまってくれたのである。
 実をいうと、これこそ、一行の思う壺であった。わざと参観に手間どったのも、ここで一夜を明したいばかりであった。
 さて、一行七人、館内の二階にある、ひろい寝室へ案内されると、すぐに額《ひたい》をあつめて協議をはじめた。
「問題はあの塔にあると思うのじゃがな。みんなも見たろうが、初代院長の聖骨をおさめてある壇、あの周囲がくさいと思うがどうじゃ」
「小父《おじ》さん、そうすると、四馬剣尺もあの塔を狙っているというのですか」
「ふむ、たしかにそうだと思う。それでどうじゃろう。今夜四馬剣尺がやってくるかどうかは疑問だが、ひとつ、あの塔を、われわれの手で調べてみようじゃないか」
 それに対して、誰も反対をとなえるものはなかった。
 そこで修道僧たちが寝しずまるのを待って、一行七人、こっそり寝室を抜けだすと、やってきたのは古塔の一室。
 時刻はすでに十二時を過ぎて、宵《よい》から降り出した雨は、ようやく本降りとなり、昼間はあれほど眺望《ちょうぼう》の美を誇《ほこ》った塔のてっぺんも、いまや黒暗々《こくあんあん》たる闇《やみ》につつまれている。
 一行はその闇のなかを、懐中電気の光をたよりに、あの聖壇のまえまできたが、そのときである。少年探偵団のひとりの横光君があっと小さい叫びをあげた。
「ど、どうしたの、横光君……」
「あの音……ほら、ブーンブーンという竹トンボのような音……」
 それを聞くと一同は、ギョッとしたように闇のなかで息をのんだが、ああ、なるほど、聞
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