ない。海外を放浪中《ほうろうちゅう》、わしに生きうつしなところから、何かの役に立つだろうと思って、ひろってきた男じゃ。四馬剣尺の眼をくらますために、わしはチャンフーと名乗って、あの万国骨董堂をひらいたが、わしはしじゅう、出歩かねばならぬからだじゃ。そこで、近所のものに怪しまれてはならぬと思って、わしの留守中は、いつもあの男に影武者《かげむしゃ》をつとめさせていたのじゃ。それがあのようなことになって……」
戸倉老人は眼をしばたたいたが、なるほど、これで、はじめてわかった。いつか山姫山の山小屋で、戸倉老人が断乎《だんこ》として、チャンフーが殺されたなんて、そんなことはありえないのじゃ、といい放った言葉の意味が、これではじめて、納得できるのである。
まことのチャンフーとは、戸倉老人自身であったのだ。
「なるほど、それでだいたいの事情はわかりました。それでは、私のほうに入った情報をお話しましょう」
秋吉警部は手帳をひらいて、
「御老人からいつか、淡路島《あわじしま》一帯を捜索《そうさく》してみてくれというお話があったので、あちらの警察とも連絡をとって、虱《しらみ》つぶしに島内から、その沿岸《えんがん》をしらべたのですが、すると果然《かぜん》、耳よりな情報が入ったのです。まず、そのひとつは、淡路島の周囲《しゅうい》[#ルビの「しゅうい」は底本では「しゅい」]を、おりおり、怪しげな汽船が周遊《しゅうゆう》しているということ、それについで、ときどき、深夜《しんや》淡路島の上空に、竹トンボのような音がきこえるということ、更《さら》に、その竹トンボの音が常に旋回する中心をさぐってみると、そこはヘクザ館《かん》という、古い西洋建築があることがわかったのです」
「それだ!」突然、戸倉老人が手を叩いて叫んだ。
「それです、それです、警部さん、問題はそのヘクザ館にあるにちがいありません。海賊王デルマが、淡路島に根拠地をおいていたということは、古い文献《ぶんけん》にも残っています。その当時、デルマは善良《ぜんりょう》な宣教師《せんきょうし》をよそおい、島の中央に、カトリックの教会を建てたといわれています。ヘクザ館というのが、きっと、それにちがいありません。そこに、海賊王デルマの宝がかくされているのです」
戸倉老人の声は、しだいに昂奮《こうふん》にうわずってくる。その昂奮が伝染したのか、少年探偵団の同志たちも手に汗《あせ》握《にぎ》って、戸倉老人と秋吉警部の顔を見くらべている。
秋吉警部もにっこり笑って、
「そうです。われわれもだいたい、そういう見込で、ヘクザ館には厳重《げんじゅう》な監視《かんし》をおいています。ところで戸倉さん、あなたの戦闘準備はどうですか。脚のぐあいがよかったら、いっしょにでかけたら、どうかと思うのですがね」
「むろん、いきます。なに、これしきの火傷ぐらい」
「警部さん!」そのとき、横から緊張した声をかけたのは、少年探偵団の探偵長、春木少年だった。
「ぼくたちもつれていって下さい。ぼくたちも四馬剣尺の正体を知りたいのです」
それを聞くと秋吉警部も微笑《びしょう》して、
「むろんつれていくとも、君たちこそは今度の事件でも、最大の功労者なんだからね」
ああ、こうして、戦闘準備はなった。兇悪《きょうあく》四馬剣尺を向うにまわして、少年探偵団の働きやいかに。淡路島の上空に、いまや、ただならぬ風雲がまきおこされようとしている。
ヘクザ館《かん》
淡路島《あわじしま》の中央部、人里《ひとざと》はなれた山岳地帯のおくに、ヘクザ館という建物がある。
その昔、国内麻の葉のごとく乱《みだ》れた戦国の世に、スペインよりわたってきた、一宣教師によって建てられたという伝説以外、誰もこの、ヘクザ館の由来《ゆらい》を知っているものはない。
爾来《じらい》、幾星霜《いくせいそう》、風雨《ふうう》にうたれたヘクザ館は、古色蒼然《こしょくそうぜん》として、荒れ果ててはいるが、幸《さいわ》いにして火にも焼かれず、水にもおかされず、いまもって淡路島の中央山岳地帯に、屹然《きつぜん》としてそびえている。
いつのころか、ここはカトリックの修道院《しゅうどういん》になって、道徳|堅固《けんご》な外国の僧侶《そうりょ》たちが、女人|禁制《きんせい》の、清い、きびしい生活を送り、朝夕、聖母《せいぼ》マリヤに対する礼拝《れいはい》を怠らない。
それは秋もようやくたけた十一月のおわりのこと、二人の教師に引率《いんそつ》された中学生五名が、このヘクザ館を見学にきた。
教師のうちの年老いたほうが、院長に面会して、館内を参観させてもらえないかと申込むと、スペイン人|系《けい》の老院長はすぐ快《こころよ》く承諾して、若い修道僧を呼んでくれた。
「ロザリオ、この
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