女……そんな、妙《みょう》なやつはどこにもいないぜ」
「そんなはずはありません。天窓から逃げだしたのは、横綱のような大男です。小男や猫女は、たしかにまだ万国堂のなかにいるはずです」
春木少年の言葉に、警官たちや少年探偵団の同志が手分して、万国堂の隅から隅までさがしてみたが、小男も猫女も、どこにもすがたが見られなかった。
ああ、いるべきはずの小男や猫女がすがたを消して、いるはずのない四馬剣尺が、忽然として万国堂の天窓から現われたというのは、いったい、どういうわけであろうか。……
春木少年はそのことについて、深くかんがえこんでいたが、やがて思いだしたように、
「それはそうと、この家の主人、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]さんはどうしたのですか」と、警部にたずねた。
「ああ、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]か。あの男は可哀《かわい》そうに、ひどい目にあわされているよ。まあ、こっちへきてみたまえ」
警部に案内されて、奥のひと間へ入ったとたん、春木少年は思わずあっと、ハンカチで顔をおさえた。部屋のなかの大火鉢《おおひばち》には、炭火《すみび》がかっかっとおこっていて、あたりいちめん、肉のこげるような匂《にお》いが充満《じゅうまん》しているのだ。
「見たまえ。チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]の足を……あの足を炭火のうえにのせ、拷問《ごうもん》していたんだ。ひどいことをするやつもあればあるもんじゃないか。まったく鬼だよ、悪魔だよ」
見れば椅子にしばりあげられたチャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]の足は、いたいたしく火ぶくれがして血がにじんでいる。チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]はこの拷問にたえかねて、ぐったりと気をうしなっているのだったが、ひと眼、その顔をみたとたん、春木少年は思わずあっと床からとびあがった。
「あっ、こ、こ、これは戸倉老人!」
ああ、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]とは戸倉老人の変装《へんそう》だったのである。
怪船《かいせん》黒竜丸《こくりゅうまる》
話変って、こちらは四馬頭目を救いだしたヘリコプターである。
海岸通りの万国堂のうえをはなれると、進路をしだいに西にとり、須磨《すま》から明石《あかし》のほうへやってきたが、そこで急に進路をかえると、南方の海上へでていった。そして、淡路島《あわじしま》の東海岸ぞいに、大阪湾の出口のほうへでていったが、やがて淡路の島影から、意味ありげに明滅《めいめつ》する灯火《あかり》をみると、しだいにその上空へすすんでいった。
ヘリコプターに向って、発火|信号《しんごう》をしているのは淡路の島かげに停泊《ていはく》した、三百トンくらいの小汽船《しょうきせん》、その名を黒竜丸という。
ヘリコプターは黒竜丸のうえまでくると、ピタリと進行をとめ、しだいに下降してくる。やがて縄梯子のさきが甲板《かんぱん》にふれると、四馬剣尺はよたよたと、縄梯子から甲板におり立った。それを見て、バラバラとそばへ寄ってきたのは木戸と仙場甲二郎。波立二はヘリコプターの操縦をしているのである。
四馬剣尺は甲板に仁王立《におうだ》ちになり、
「おまえたちは向うへいけ。それから五分たったら、机博士をおれの部屋へつれてこい。よいか、わかったか。わかったら早くいけ」
「しかし、首領《かしら》、首尾はどうだったのです。本物の黄金メダルの半ペラは、手に入ったのですか」
「そんなことはどうでもいい。早くいけといえばいかんか」
首領はわれがねのような声で怒号《どごう》した。これは四馬剣尺の不機嫌《ふきげん》なときの特徴である。そんなときにうっかりさからうと、毒棒《どくぼう》の見舞いをうけるおそれがある。さわらぬ神に祟りなしとばかりに、木戸と仙場甲二郎は、こそこそと甲板から下へおりていったが、そのすがたが見えなくなってから、四馬剣尺はよたよたと歩きだした。
不思議なことに、四馬剣尺、いついかなる場合でも、自分の歩くところを乾分《こぶん》のものに見られるのを、ひどく嫌うくせがあった。唯《ただ》一度、机博士にレントゲンにかけられたときいっしょに博士の部屋までいったが、そのときとても毒棒で、机博士を脅《おど》かして、決してうしろを向かせなかった。そして、部下にあうときは、いつもあの竜の彫物《ほりもの》のある大きな椅子によっているのだ。
それはさておき、五分たって木戸と波立二が、机博士をひったてて頭目の部屋へ入っていくと、四馬剣尺はいつものように、大きな椅子にふんぞりかえっていた。
「どうだ、机博士」四馬剣尺はわれがねのような声で、
「肩の傷はなおったか。貴様があんなところへメダルをか
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