わらずまっくらだ。ああ、いま、万国堂の奥では、どのようなことが行われているのであろうか。
春木少年は爆音のちかづく空のかなたと、万国堂のくらい天窓《てんまど》とを、手に汗にぎって見くらべていたが、ちょうどそのとき、警部の一行が到着したらしい。
万国堂の表と裏から、けたたましくドアを叩《たた》く音とともに、
「開けろ、開けろ、ここを開けんか」
と、怒号《どごう》する声がきこえた。
「ああ、有難い、警部さんがやってきた……」春木少年はにわかに気のゆるむのをおぼえたが、そのとき空のかなたから忽然《こつぜん》として現われたのは、見覚《みおぼ》えのあるヘリコプター、しかも進路は万国堂の方向である。折からの半月《はんげつ》を翼《つばさ》にうけて、ゆうゆうとしてこちらへちかづいてくる。
下では警部の一行が、万国堂の表と裏からしきりにドアを叩いていたが、なかから返事がないとみるや、もうこれまでと、ドアをぶっこわしにかかった。しめた! もうこうなれば袋の中の鼠《ねずみ》も同然、あの奇怪な小男も猫女も、逃出すみちはどこにもないのだ。
春木少年はほっと胸を撫《な》でおろしかけたが、いやいや、安心するのはまだ早いと気がついた。気になるのはあのヘリコプターだ。ひょっとするとあのヘリコプターは、小男や猫女を、救いだしにきたのではあるまいか。
そうなのだ。やっぱりそうだったのだ。ヘリコプターはチャンウーの店のうえまでくると、ピタリと虚空《こくう》に停止して、しきりに地上を偵察している。
と、そのとき、万国堂のドアが破れた。バラバラと表と裏から、警部の一行が乱入《らんにゅう》する。おそらく少年探偵団の同志たちも、いっしょになってとびこんだことだろう。
だが、警部たちがとびこんだのとほとんど同時に、万国堂の天窓がガチャンとこわれた。そして、そこからモゾモゾ屋根へはいあがってきた人物をみたとき、春木少年は胆《きも》っ玉《たま》がでんぐりかえるほど驚いたのである。
ああ、なんということだ。天窓の下から這《は》いだしてきたのは、横綱のような大男ではないか。裾《すそ》のひきずるような中国服を着て、頭には花笠《はながさ》のような冠《かんむり》をかぶっている。その冠のふちには、三重のヴェールが垂《た》れていた。
「あっ、四馬剣尺《しばけんじゃく》!」春木少年は、心の中で思わずさけぶと、くらい窓のすみでふるえあがった。
春木少年はいままで一度も、四馬頭目にあったことはない。しかし、異様《いよう》なその風態《ふうてい》は、牛丸平太郎からなんども聞かされていた。鬼にもひとしい四馬頭目の残忍《ざんにん》ぶりは、戸倉老人や牛丸平太郎から、耳にたこができるほど聞いていた。
その四馬頭目が、警官たちに包囲された、万国堂の天窓から、忽然として現れたのだ。春木少年はびっくりすると同時にあっけにとられた。四馬剣尺はいままでどこにかくれていたのだろう。いやいや、それにもまして不思議なのは、猫女や小男はどうしたのだろう。……
春木少年が茫然《ぼうぜん》として、窓のなかに立ちすくんでいるとき、万国堂の屋根に立った四馬剣尺、かくし持った懐中電気をうえに向けると、虚空に三度輪をえがいた。と、同時に、ヘリコプターからバラリとおりてきたのは一条の縄梯子《なわばしご》。四馬剣尺はヨタヨタとその縄梯子に手をかけた。
ああ、このまま捨てておけば、四馬剣尺は逃げてしまう。……
春木少年はたまらなくなって、窓から乗りだして大声で叫んだ。
「ああ、警部さん、こっちです、こっちです。悪者《わるもの》は屋根のうえから逃げていきます」
ちょうどそのとき四馬剣尺は、屋根をはなれて、春木少年の鼻のさきまできていたが、その声をきくとズドンと一発! 春木少年はあっと叫んで床のうえに身を伏せた。
しかし、春木少年の叫ぶまでもなく、警部の一行もヘリコプターの爆音に気がついていた。それ、屋上《おくじょう》が怪しいというのでバラバラと屋根のうえへあがってきたが、無念! ひとあしちがいで四馬剣尺は、縄梯子にブラ下ったまま、ゆうゆうとして虚空を逃げていく。
ズドン、ズドン! 警官たちの手から、いっせいにピストルが火をふいたが、もうこうなれば後《あと》の祭《まつり》だ。四馬剣尺のブラ下ったヘリコプターは、折からの半月の空を、しだいに遠く、小さく、すがたを消した。
ヘリコプターの爆音が、遠ざかるのを待って、床から這いあがった春木少年、非常梯子《ひじょうばしご》づたいに万国堂の屋根へおりていくと、
「ああ、君か、さっき電話をかけてきたのは……せっかく注意してもらいながら、残念にも悪者はとりにがしたよ」
と、秋吉警部が歯ぎしりしながらくやしがっている。
「えっ、それじゃ、小男や猫女もにがしたのですか」
「小男や猫
前へ
次へ
全61ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング